こんにちは!とーんと♡日本橋編集部です。
日本橋の秋といえばやっぱり「べったら市」で、提灯の灯りが揺れる夕暮れどきに麹の甘い香りがふわりと漂ってくると今年もこの季節が来たなあとうれしくなりますね。
このにぎわいのもとになっているのが宝田恵比寿神社でお祝いされてきた恵比寿講(えびすこう)で、「べったら市」はその恵比寿講の前の日に立った市から生まれた行事だと伝えられています。
この記事では、
・宝田恵比寿神社と恵比寿講の歴史と信仰
・べったら市とべったら漬けの由来や風習
・神輿や盆踊りの楽しみ方と周辺散策のヒント
について、境内の由緒板と公式の情報をもとにお届けします!
開催日や時間と駅からの行き方は日本橋べったら市の開催日・場所・アクセスをまとめた記事に最新の情報を載せていますので、お出かけの予定を立てる方はそちらもあわせてご覧ください!
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宝田恵比寿神社と恵比寿講とは?商売繁盛を願う江戸の信仰
宝田恵比寿神社(たからだえびすじんじゃ)は日本橋本町3丁目のビルの間にある神社で、鳥居の奥に社殿がおさまる小ぢんまりとしたお社ですが江戸のはじめから商いの町を見守ってきた由緒を持っています。

境内の由緒板によると宝田神社は慶長11年(1606年)の昔に江戸城外の宝田村の鎮守だった神社で、徳川家康公が江戸城を拡張するために宝田・祝田・千代田の3つの村へ移転を命じたことがこの地へ移るきっかけになりました。
このとき宝田村の鎮守を奉じて住民を率いたのが馬込勘解由(まごめかげゆ)という人で、家康公の江戸入りに三河の国から付き従いこの移転をやり遂げた功績により徳川家の繁栄を祈る恵比寿様を授かって宝田神社に安置したと伝えられています。
由緒板にはこの恵比寿様が鎌倉時代の名匠・運慶の作と伝えられることや、馬込勘解由が名主となって三伝馬取締役に出世しその役名にちなんで大伝馬町の町名を賜ったことも記されています。
御祭神は境内の案内板に事代主命(ことしろぬしのみこと)と少彦名命・大國主命・大己貴命・素盞鳴命の5柱が記されていて、このうち事代主命が恵比寿様と同じ神様とされています。
恵比寿様は七福神のなかでただひとり日本生まれの神様といわれ、釣り竿と鯛を抱えたにこやかな姿でおなじみですね。

由緒板には宝田恵比寿神が商売繁昌と家族繁栄の守護神として関東一円から崇敬を集めてきたとあり、東京にいたか屋や江戸屋の公式ページはここに火防(ひぶせ)の守護も加えて紹介しています。
そしてこの神社で毎年10月20日にお祝いされてきたのが恵比寿講で、東京にいたか屋の公式ページは恵比寿講を「商家で恵比須をまつり、親類・知人を招いて祝う行事」と説明しています。
由緒板はべったら市を「年またあらたまる」という言葉で表していて、年末が近づきお正月を迎える心構えをする商家にとって大切な年中行事であり旧家は今日でも恵比寿講をお祝いすると結んでいます。
1年の商いへの感謝と来る年の繁盛を願う気持ちが行き交う恵比寿講は江戸の商人にとって年の瀬の始まりを告げる合図のような日だったのでしょうし、その前の日に立った市が今のべったら市へとつながっていきます。
出典:宝田恵比寿神社の境内にある由緒板「宝田神社・恵比寿神 御縁起と大伝馬町の由来」(昭和45年10月・諫鼓会)と御祭神の案内板(編集部が撮影した写真で確認)・東京にいたか屋「日本橋 べったら市」・株式会社江戸屋「べったら市」
べったら市の由来と風習|恵比寿講の市とべったら漬け
べったら市の始まりは江戸時代中期にさかのぼり、10月20日の恵比寿講にお供えするものを売るために前の日の19日に宝田恵比寿神社の門前で市が立ったことが起源だと東京にいたか屋とGO TOKYOの公式ページに書かれています。

市では魚や野菜に神棚といった恵比寿講の品が売られ、江戸屋の公式ページには神像や打出の小槌に懸鯛(かけだい)や切山椒も並んだと紹介されていますが、いつの頃からかここで売られる大根の浅漬けが評判になって「べったら市」の名が定着したそうです。
農林水産省の「にっぽん伝統食図鑑」によるとべったら漬けは塩で下漬けした大根を米麹と砂糖で漬け込んだほんのり甘い漬物で、宝田恵比寿神社の例祭の市で農民が飴と麹で漬けた大根を「浅漬け」と称して売り始めたのが始まりと伝えられています。

(出典:農林水産省「うちの郷土料理」)
名前の由来にはいくつかの説があり、漬け床の米麹が大根の表面にベタベタと付いていたからという説のほかに、若者が縄でしばった大根を振り回して「べったりつくぞぉ〜」と参詣客の着物の袖につけてからかったという話も伝わっています。
たくあんと違って大根を干さずに漬けるべったら漬けは水分を多く含んでいて、麹の甘さとポリポリとした歯ごたえが人気を集めたうえに白いままの粋な漬物として江戸の庶民へ広まっていったと同じ図鑑に書かれています。
歴史のあるべったら市も第2次世界大戦とその後の混乱で一度は途絶えましたが、東京にいたか屋の公式ページによると昭和22年(1947年)に同社の創業者の妻とべったら市保存会の人々が露天商へ出店を呼びかけて再興を果たしたそうです。
いまのべったら市は中央区観光協会の案内でべったら漬けの露店が30店ほど・七味や飴細工などを合わせて約500店という規模になり、夜には宝田恵比寿神社前の大提灯と1,500を超える提灯が通りを彩ります。
麹の香りが漂う通りを老若男女が行き交う光景のなかで、べったら漬けはただの漬物ではなく恵比寿講の市から生まれた日本橋の秋の味として受け継がれているのだと感じます。
出典:東京にいたか屋「日本橋 べったら市」・GO TOKYO「日本橋恵比寿講べったら市」・株式会社江戸屋「べったら市」・農林水産省「にっぽん伝統食図鑑 べったら漬け」・中央区観光協会「日本橋恵比寿講べったら市」
恵比寿講とべったら市の楽しみ方|神輿と盆踊り・周辺散策のヒントも
べったら市は曜日に関係なく毎年10月19日と20日の2日間に開かれ、宝田恵比寿神社(下記Mapもご参照ください!)を中心に日本橋大伝馬町と日本橋本町のあたりへ露店が広がります。
東京にいたか屋の公式ページには19日にお神輿が出ると書かれていて、GO TOKYOの案内にも19日は子供神輿と大人神輿・20日は盆踊りという予定が載っていますから(2026年10月3日確認)、見たい催しに合わせて行く日を選ぶと楽しみが広がります。
その年の開催時間や神輿と盆踊りの時間は下記の記事で確認できます!
関連記事:日本橋べったら市はいつから?開催日・場所|日程・時間・アクセス【人形町駅から徒歩圏】
にぎやかな露店に目を奪われがちですが、べったら市はもともと恵比寿講のための市ですからまず宝田恵比寿神社へお参りして1年の感謝を伝えてから通りを歩くとこの行事の意味がぐっと身近に感じられます。
宝田恵比寿神社の恵比寿神像がべったら市の期間に公開されるかどうかは公式の案内を確認できなかったため要確認です。
近くの椙森神社は公式サイトで恵比寿神像の公開は恵比寿神大祭の10月19日と20日だけと案内しています。
お参りのあとはべったら漬け選びが楽しみで、東京にいたか屋の公式ページによると同社の露店ではふだんスーパーでは見かけない大根まるごと1本のべったら漬けが並んで皮付きと皮なしを選べます。
刷毛とブラシの専門店として知られる江戸屋も公式ページでべったら市の2日間は露店を出すと案内していて、中央区観光協会の紹介にある七味や飴細工の露店とあわせて日本橋らしい品々に出会えるのがこの市の魅力です。
露店の顔ぶれは年によって変わることがあるので、お目当てのお店がある方はべったら市の屋台の歩き方をまとめた記事も参考にしながら出かける前にそのお店の公式の案内を確かめておくと安心です。
周辺散策では日本橋七福神の恵比寿神をまつる椙森神社が外せず、編集部が地図で測ったところ宝田恵比寿神社からは約400mで歩いて5分ほどですから、同じ2日間に行われる恵比寿神大祭の奉納とあわせて巡ってみてください。
会場へはGO TOKYOの案内で東京メトロ日比谷線の小伝馬町駅から徒歩1分・JR総武快速線の新日本橋駅5番出口から徒歩2分と近く、江戸屋の公式ページが当日は通行止めになると知らせていますので車ではなく電車で向かいましょう。
出典:東京にいたか屋「べったら市のご紹介」・GO TOKYO「日本橋恵比寿講べったら市」・中央区観光協会「日本橋恵比寿講べったら市」・株式会社江戸屋「べったら市」・椙森神社公式サイト
恵比寿講とべったら市で江戸から続く商いの祈りにふれてみませんか
宝田恵比寿神社の恵比寿講とべったら市は、江戸のはじめにこの地へ移ってきた宝田村の鎮守と商人たちの祈りから生まれて今に続く行事で、由来を知ってから歩くと露店のにぎわいの奥にある意味まで味わえます。
昼間の活気ある屋台めぐりも夕暮れどきの提灯に包まれた通りもそれぞれに趣がありますから、毎年10月19日と20日にはぜひ日本橋本町へ足を運んで恵比寿様に1年の感謝を伝えてみてください。
神社そのものの口コミやアクセスは宝田恵比寿神社のレビューや口コミとお祭り情報をまとめた記事で紹介していて、椙森神社の由緒や境内の見どころは椙森神社を訪ねた記事にまとめていますのでお参りの前にあわせてどうぞ♪
以上、とーんと♡日本橋編集部でした!


