【豆知識】日本橋エリアで最古の神社はどこか知ってましたか?創建年順でTOP5を紹介!

日本橋エリア最古の神社TOP5アイキャッチ

こんにちは!とーんと♡日本橋編集部です。

オフィスビルが立ち並ぶ東京・日本橋。その路地やビルの谷間には、驚くほど古い歴史を持つ神社がいくつも鎮座しています。「このあたりで一番古い神社って、どこなんだろう?」とふと気になったことはありませんか。

日本橋エリアには七福神めぐりで知られる社をはじめ、平安時代や室町時代に起源をさかのぼる古社が点在しています。そこで今回は、日本橋エリアで最も古いと伝わる神社はどこなのかを創建年の古い順にTOP5として整理し、武将や徳川将軍にまつわる逸話もあわせてご紹介します。

目次

日本橋エリアで最も古いと伝わるのは「福徳神社」

結論からお伝えすると、日本橋エリアで最古とされるのは、日本橋室町に鎮座する福徳神社(芽吹稲荷)です。その歴史は平安時代の貞観年間(859〜877年)にさかのぼると伝わり、1000年を超える由緒を持ちます。

ただし、ここで一つ大切な前提があります。古い神社の創建年は、ほとんどが社伝や言い伝えに基づくもので、正確な年が史料で確定しているわけではありません。本記事の年代も「〜と伝わる」という前提で読み進めていただければと思います。

それでも、各神社の公式の由緒や東京都神社名鑑、中央区史などの記録をたどると、創建の古さにはおおよその序列が見えてきます。
まずは年代を読み解くうえで知っておきたい言葉の違いから整理していきましょう。

最古を語る前に|「創建」と「鎮座」の違い

神社の歴史を調べていると、「創建」「鎮座」「勧請」といった言葉が出てきます。似ているようで意味が異なり、ここを取り違えると創建年の理解がぶれてしまいます

創建:神社が初めて建てられた・祀られたこと。
鎮座:神様がその地に鎮まり祀られている状態。「貞観年間に鎮座」は「その頃すでにそこにあった」という意味です。
勧請(かんじょう):他の神社の神霊を分けて新たに祀ること。
邸内社(ていないしゃ):武家や商家が私邸の中に祀った社。一般が参拝できる神社として開かれた年とは区別されます。

たとえば「○○年に創建」と書かれていても、それが勧請の年なのか、邸内社が一般に開かれた年なのかで、ランキングの位置づけは変わります。本記事では、こうした違いに注意しながら神社として開かれた年を基準に、創建年の古い順で並べています。

創建・鎮座・勧請・邸内社の用語整理図
4つの用語の違いを押さえるとランキングが正しく読める

日本橋エリアの神社・創建年順TOP5一覧

まずは全体像を一覧で見てみましょう。日本橋エリア(中央区の日本橋・室町・人形町・堀留・小網・本町など)に鎮座する神社のうち、創建が古いと伝わる5社を年代順にまとめました。

創建年順でみる日本橋エリアの古社TOP5

順位神社名創建年(伝)主なご利益
第1位福徳神社貞観年間
(859〜877年)
ことはじめ
金運
第2位椙森神社承平元年
(931年)頃
商売繁盛
当選祈願
第3位常盤稲荷神社長禄元年
(1457年)
商売繁盛
市場守護
第4位小網神社文正元年
(1466年)
強運厄除
金運
第5位松島神社天正13年
(1585年)公開
良縁
諸願成就

選定の基準は「日本橋エリア内にあること」「神社として開かれた年で並べること」の2点です。所在エリアや主祭神は、このあと各社ごとに詳しくご紹介します。
それでは第1位から順に見ていきましょう。

第1位 福徳神社|貞観年間・1000年超の歴史

福徳神社(ふくとくじんじゃ)は、中央区日本橋室町2-4-14に鎮座する神社です。三越前駅からすぐ、コレド室町に隣接する「福徳の森」に佇み、主祭神として倉稲魂命(うかのみたまのみこと)を祀ります。

公式の御由緒によれば、創祀された時期は明らかではないものの、古くからの言い伝えで貞観年間(859〜877年)には既に鎮座していたとされています。この地はかつて武蔵国豊島郡福徳村と呼ばれ、その村名から「福徳稲荷」と称されたと伝わります。

別名の「芽吹稲荷(めぶきいなり)」には、徳川将軍ゆかりの逸話があります。二代将軍・徳川秀忠が慶長19年(1614年)に参詣した際、椚(くぬぎ)の皮付き鳥居から春の若芽が芽吹いているのをご覧になり、この名を授けたと伝えられています。

福徳神社は関東大震災や戦災、その後の再開発を経て遷座を重ね、平成26年(2014年)に現在の新社殿が竣工しました。ビル街の中にありながら緑に囲まれた境内は、「ことはじめ」や金運のご利益で知られ、参拝者が絶えません。福徳神社がパワースポットとして話題になっている背景には、こうした長い歴史への信頼があるのかもしれません。

福徳神社の約1150年の歴史タイムライン
福徳神社は平安時代から1000年超の歴史を刻んでいる

第2位 椙森神社|藤原秀郷と太田道灌ゆかりの古社

椙森神社(すぎのもりじんじゃ)は、中央区日本橋堀留町1-10-2に鎮座し、東京都神社名鑑には承平元年(931年)頃の創建と記される、日本橋エリアでも屈指の古社です。

歴史をひもとくと、武将の名前が次々と登場します。天慶3年(940年)には、藤原秀郷(俵藤太)が平将門の乱を鎮めるためこの社で戦勝を祈願したと伝わります。

創建年と祈願年は別物です。椙森神社の創建は承平元年(931年)頃と伝わり、藤原秀郷が祈願した940年は「戦勝を祈った年」であって創建年ではありません。年代を語るときに混同しやすいポイントです。

椙森神社の創建年と祈願年の違い図解
931年の創建と940年の祈願は別の出来事である

その後、文正元年(1466年)には太田道灌が雨乞いに霊験があったとして、京都の伏見稲荷から稲荷五社大神を勧請したと伝えられます。江戸時代には柳森神社・烏森神社とともに「江戸三森」の一つに数えられ、富くじ興行の地としても栄えました。境内に残る富塚の碑は、その名残です。日本橋七福神では恵比寿神を担い、商売繁盛の信仰を集めています。

毎年秋には、近隣の宝田恵比寿神社とともにべったら市の舞台となる椙森神社に多くの人が訪れます。現在の社殿は関東大震災での焼失後、昭和6年(1931年)に再建されたものです。

第3位 常盤稲荷神社|江戸城の守護神として勧請

常盤稲荷神社(ときわいなりじんじゃ)は、中央区日本橋本町1-8-11に鎮座する小さなお社です。規模こそ控えめですが、その由緒は長禄元年(1457年)にさかのぼります。

東京都神社名鑑や中央区史によれば、太田道灌が江戸城を築城した際、京都の伏見稲荷大神の御分霊をいただき「常盤稲荷」と名付け、江戸城の守護神として勧請したと伝わります。主祭神は倉稲魂命、相殿に水の神である罔象女神(みずはのめのかみ)を祀ります。

その後、社は日本橋魚河岸の守護神として信仰を集め、市場の繁昌を見守ってきました。「常盤橋」の名は、この神社の名にちなむと伝えられています。知名度は高くありませんが、創建年でみれば小網神社よりも古い、隠れた古社といえます。

第4位 小網神社|強運厄除のパワースポット

小網神社(こあみじんじゃ)は、中央区日本橋小網町16-23に鎮座します。創建は文正元年(1466年)と公式に伝えられ、いまや日本橋を代表するパワースポットとして全国に名を知られています。

ご祭神は倉稲魂神、市杵島比賣神(弁財天)、福禄寿。「強運厄除の神さま」として信仰され、境内の銭洗いの井は「東京銭洗い弁天」として財運のご利益で親しまれ、日本橋七福神では福禄寿と弁財天を担っています。

小網神社が「強運」と呼ばれる由来の一つに、第二次世界大戦の逸話が残されています。社殿や神楽殿は東京大空襲でも奇跡的に戦災を免れ、日本橋地区に現存する唯一の戦前の木造神社建築として中央区民文化財に登録されました。さらに、出征した氏子が全員無事に生還したとも語り継がれています。

強運厄除のご利益を求め、休日には参拝の列ができることも少なくありません。参拝とあわせて小網神社の御朱印をいただく方も多く、切り絵御朱印などが人気を集めています。受付時間は変わる場合があるため、参拝前に公式サイトで確認しておくと安心です。

第5位 松島神社|鎌倉期の邸内社が起源

松島神社(まつしまじんじゃ)は、中央区日本橋人形町2-15-2に鎮座します。日本橋七福神では大国神を担う社で、その起源には少し説明が必要です。

松島神社の由緒書や中央区史によれば、鎌倉時代の元亨(1321年)以前に、柴田家の祖先が下総国からこの地の小島に移り住み、邸内に諸神を祀ったのが起源と推測されています。当時このあたりは入り江で、松が生い茂る島だったといいます。

その邸宅が一般に開かれたのが天正13年(1585年)のこと。島内に松が鬱蒼と茂っていたことから「松島稲荷大明神」と称されました。邸内社としての起源は鎌倉期にさかのぼりますが、神社として開かれた年でみると1585年となります。本記事ではこの公開年を基準に第5位としています。

松島神社の邸内社から一般公開への変遷図
邸内社としての起源は鎌倉期だが本記事では公開年を基準に第5位

現在の松島神社は、稲荷大神をはじめとする14柱の神々を祀ることで知られ、良縁や諸願成就を願う参拝者が訪れます。多くの神様が集まっているのは、周辺の埋め立てや武家屋敷の造成にともない、各地の人々が故郷の神を祀ることを願った歴史の名残と伝わります。

番外編|七福神の古社と中央区最古級の神社

TOP5には入りませんでしたが、日本橋エリアには江戸時代に起源を持つ古社がまだあります。日本橋七福神を構成する社を中心に、いくつかご紹介します。

  • 末廣神社(人形町):慶長元年(1596年)以前に稲荷祠として鎮座。七福神の毘沙門天で、勝運のご利益で知られます。
  • 寶田恵比寿神社(本町):慶長11年(1606年)に徳川家康の命で現在地へ移ったと伝わり、秋のべったら市の中心となる恵比寿神の社です。
  • 水天宮(蛎殻町):文政元年(1818年)に江戸へ分祀され、明治期に現在地へ。安産・子授けの信仰で全国に知られています。
  • 笠間稲荷神社東京別社(浜町):安政6年(1859年)に牧野家の江戸下屋敷へ分霊された、比較的新しい社です。

ちなみに、中央区全体に範囲を広げると、湊1丁目(八丁堀)の鐵砲洲稲荷神社承和8年(841年)創建と伝わり、福徳神社よりさらに古い歴史を持ちます。ただし所在は日本橋エリアの外にあたるため、本記事のTOP5には含めていません。「中央区で最古級」と「日本橋エリアで最古」は、分けて考える必要があります

中央区と日本橋エリアの範囲の違い図解
中央区最古級と日本橋エリア最古は範囲を分けて考える

古い順に巡るなら、日本橋・室町エリアの福徳神社・椙森神社・常盤稲荷神社・小網神社を起点に、人形町エリアの松島神社・末廣神社へ歩く順路がおすすめです。日本橋七福神巡りのルートと重なる社も多く、御朱印を集めながら歴史散歩も楽しめるでしょう。
日本橋エリアの神社の「最古」とは、社伝に基づき創建・鎮座の年代が最も古いと伝わる神社を指し、本記事では福徳神社がそれにあたります。

よくある質問

Q. 日本橋エリアで最も古い神社はどこですか?

A. 日本橋エリアで最も古いと伝わるのは、日本橋室町の福徳神社(芽吹稲荷)です。社伝では貞観年間(859〜877年)には既に鎮座していたとされます。ただし古社の創建年は言い伝えに基づくため、正確な年は不詳です。

Q. 小網神社と福徳神社はどちらが古いですか?

A. 福徳神社(貞観年間859〜877年・伝)の方が、小網神社(文正元年1466年)よりも古いと伝わります。小網神社は知名度が高いですが、日本橋エリアの最古ではありません。

Q. 椙森神社は940年の創建ですか?

A. 椙森神社の創建は承平元年(931年)頃と伝わります。940年(天慶3年)は藤原秀郷が平将門の乱で戦勝を祈願した年であり、創建年とは別のものです。

Q. 日本橋七福神の神社はすべて古いのですか?

A. 日本橋七福神には椙森神社・松島神社・小網神社のように江戸以前に起源を持つ古社もあれば、笠間稲荷神社東京別社(安政6年1859年)のように比較的新しい社もあります。七福神に含まれること自体は、必ずしも創建の古さを意味しません。

Q. 松島神社の創建はいつですか?

A. 松島神社の邸内社としての起源は鎌倉時代・元亨(1321年)以前に遡ると推測され、神社として一般に開かれたのは天正13年(1585年)と伝わります。本記事では公開年を基準にしています。

Q. 中央区で一番古い神社は日本橋にありますか?

A. 中央区全体では、湊1丁目(八丁堀)の鐵砲洲稲荷神社が承和8年(841年)創建と伝わり、さらに古いとされます。ただし所在は日本橋エリアの外にあたります。

Q. 創建年順に神社を巡るおすすめルートはありますか?

A. 日本橋・室町エリアの福徳神社・椙森神社・常盤稲荷神社・小網神社を起点に、人形町エリアの松島神社・末廣神社へ歩くと、古い社を効率よく巡れます。いずれも徒歩圏内にあり、日本橋七福神巡りのルートとも重なります。

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