日本橋人形町とは
日本橋人形町とは、東京都中央区にある町名で、人形町通りと甘酒横丁を中心に老舗や名店が集まる下町です。江戸時代に多くの人形師が住み、人形を作って売る店が並んでいたことから、俗称で「人形町」と呼ばれていたものが正式な町名になりました。

芝居小屋と人形の町
人形町商店街の公式サイトによると、寛永元年(1624年)ころ、京都から江戸へ下ってきた猿若勘三郎が猿若座(のちの中村座)を開きました。公式サイトによれば、これが江戸歌舞伎の始まりです。つづいて村山又三郎が村山座(のちの市村座)を興し、今の人形町3丁目と堀留町のあたりに芝居小屋が並びました。
周りには人形浄瑠璃や見世物の小屋もたくさん建ち、大名から庶民までが芝居見物を楽しみました。当時の大芝居は、朝に芝居茶屋へ上がり、桟敷で芝居を見て、幕間には酒肴や弁当が運ばれる一日がかりの遊び。安く短い時間で楽しめる人形芝居も盛んで、今の人形町2丁目周辺には、人形を作る人、直す人、商う人、操る人が大勢暮らしていました。季節ごとに市も立ち、正月には手鞠や羽子板、3月には雛人形、5月には菖蒲人形などが商われ、一年を通してにぎわいの絶えない街だったといいます。
日本橋の北の魚河岸とあわせ、江戸の人々が朝は魚河岸、昼は歌舞伎、夜は吉原へ繰り出したことから、「朝昼晩三千両のおち処」と唄われた記録もあります。江戸時代の末、天保の改革で芝居小屋が移されると、街は一時活気を失うことに。それでも明治に入ると、水天宮の縁日や戌の日には参詣の人々が人形町にもあふれ、大店や芝居小屋、寄席、飲食店の並ぶ東京市有数の繁華街として栄えました。
「人形町」をめぐる、まぎらわしい区別
まず地名と駅名。「人形町」は町の名であり、東京メトロ日比谷線と都営浅草線の駅名でもあります。安産の神さまで知られる水天宮は、人形町ではなく、隣の日本橋蛎殻町にあります。
次に旧町名とのずれ。古い資料に出てくる芳町(よしちょう)は、江戸時代の初めごろまでヨシなどが群生していた所に由来する旧町名で、中央区の住居表示の実施で姿を消しました。古地図や老舗の由緒書きの町名は、今の住所と同じとはかぎりません。
そして東京と大阪の取り違え。日本橋人形町は東京都中央区の日本橋(にほんばし)地域の町で、大阪市の日本橋(にっぽんばし)とは読みも場所も別ものです。
食べ歩きと社寺めぐりが楽しい町
今の人形町は、人形町通りと甘酒横丁を軸に、親子丼の玉ひでや人形焼の店、和菓子や惣菜の老舗が軒を連ねる散策の町です。日本橋七福神のうち、末廣神社(人形町2-25-20)・松島神社(2-15-2)・茶ノ木神社(1-12-10)は、どれも日本橋人形町にあり、御朱印を集めながらの街歩きもできます。
夏の風物詩は、毎年8月第1週の月曜から水曜の3日間に開かれる人形町せともの市。水天宮交差点から人形町交差点までの歩道に、全国の焼き物や漆器、ガラス食器の店が並びます。
日本橋トピック♪「人形町」は、元禄の地図にもう書かれていた
日本橋人形町に関するよくある質問
- 水天宮へは、人形町駅と水天宮前駅のどちらが近いですか?
- 水天宮の案内では、東京メトロ半蔵門線の水天宮前駅(5番出口)から徒歩1分、東京メトロ日比谷線の人形町駅(A2出口)から徒歩6分、都営浅草線の人形町駅(A3出口)から徒歩8分です。
- 日本橋人形町と日本橋は、別の場所ですか?
- 日本橋人形町は中央区の町名のひとつです。「日本橋」は橋の名前であると同時に、日本橋人形町・日本橋室町・日本橋蛎殻町のように、町名の頭に付く地域の名前でもあります。

