市村座とは

市村座とは、江戸幕府が公認した歌舞伎劇場である江戸三座の一つで、上堺町の村山座から改称した座です。後の葺屋町現住所でいう日本橋人形町三丁目周辺の芝居町と結びつけて読むと、江戸の劇場文化が身近になります。

葺屋町の芝居町と市村座

中央区公式の文化財解説では、市村座は上堺町の村山座から改称した座として説明されています。上堺町は後の葺屋町につながる旧町名。つまり市村座は、江戸三座の一つであると同時に、日本橋人形町の芝居町を語るときに欠かせない名前です。

ただし、市村座を現代の人形町にある劇場として案内するのは正確ではありません。ここで扱うのは、江戸期の座名と旧町名の関係。旧町名と現住所をそのまま同一視しないことが、芝居町を読むときの大切な前提です。

中村座との違い

中村座は猿若座が改称した座で、移転を重ねて後の堺町へつながります。一方の市村座は、村山座から改称し、後の葺屋町の文脈で出てきます。どちらも江戸三座ですが、対応する旧町名と前身が違うと押さえると整理しやすいでしょう。

中央区指定有形文化財の江戸三座入場券は、江戸時代中期のものとされる木製入場券3点で、市村座の札もそのひとつです。劇場名と席名が一緒に残るため、単なる年表では見えにくい、芝居小屋の利用のされ方まで想像できる資料です。

日本橋トピック♪市村座の札に残った「切落」は庶民的な席だった?

江戸三座入場券では、市村座の札に「切落」と書かれていました。切落は花道後ろ脇の、仕切りのない追込み席。豪華な桟敷席だけでなく、もっと気軽に芝居を楽しむ席もあったことが、木札一枚から伝わってきます。

市村座に関するよくある質問

市村座の入場券には何が書かれていましたか?
中央区公式によると、江戸三座入場券の市村座札には「切落」という客席名の墨書が確認できます。花道後ろ脇の仕切りのない追込み席を指す言葉です。
市村座を街歩きで探すときの注意点は?
市村座そのものを現代の劇場として探すのではなく、葺屋町や人形町の旧町名の文脈で読むのが安全です。江戸期の劇場名と現住所は、そのまま一対一で対応しません。
江戸三座入場券はどの時代の資料ですか?
中央区公式では、江戸三座入場券の年代は江戸時代中期とされています。木札3点が区指定有形文化財の考古資料として整理されています。

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