小網神社とは
小網神社とは、東京都中央区日本橋小網町にある、強運厄除と金運のご利益で知られる神社です。境内の銭洗いの井は「東京銭洗い弁天」とも呼ばれ、お金を清めて財運を願う人が絶えません。日本橋七福神では、福禄寿と弁財天という2柱の福の神を担う社でもあります。

小網神社のはじまりと、まつる神さま
小網神社の創建は文正元年(1466年)と伝わります。もとは恵心僧都が開いた萬福庵が起こりとされ、その歴史はおよそ千年前にさかのぼるとも語られてきました。海上で網にかかった稲穂を持った網師の翁を稲荷大神としてまつったところ、村にはやっていた病が鎮まった、という言い伝えが残ります。日本橋の市街地にありながら、室町時代からの歩みを伝える古社のひとつです。近年は強運や金運を願うパワースポットとしても知られ、遠方から足を運ぶ参拝者の姿も目立つようになりました。
ご祭神は、お稲荷さまである倉稲魂神を中心に、弁財天にあたる市杵島比賣神、そして福禄寿をあわせてまつります。倉稲魂神は五穀や商いをつかさどる神、市杵島比賣神は水や芸能をつかさどる神として弁財天と結びつきます。稲荷の社でありながら弁財天も福禄寿も祀る、いくつもの福が重なった神社といえるでしょう。
七福神での役割と、似た神さまとの違い
小網神社は、日本橋七福神のなかで福禄寿と弁財天の2柱を担います。1社で2つの福の神を受け持つのは、日本橋七福神では小網神社だけ。短い参拝で二福をいただけるとあって、めぐる人にも親しまれています。本来は別々の社にまつられることが多い七福神を、ひとつの境内でお参りできるのは、めぐる人にはうれしい点でしょう。日本橋の街なかで、気軽に福めぐりの第一歩を踏み出せる社ともいえます。
混同しやすいのが、似た姿の老人の神さま。長寿を授ける福禄寿と寿老神はよく取り違えられますが、日本橋七福神では福禄寿が小網神社、寿老神は笠間稲荷神社東京別社と、別の社に分かれています。弁財天についても、小網神社と水天宮の2社にまつられている点を覚えておくと迷いません。参拝のときに「この社は何の神さまか」を一度確かめておくと、七福神めぐりがいっそう楽しめるはずです。
訪れ方と、境内の見どころ
小網神社へは、東京メトロ日比谷線の人形町駅や茅場町駅、半蔵門線の水天宮前駅から歩いてすぐ。ビルに囲まれた一角に、小ぶりながら彫刻の美しい社殿が建ちます。いちばんの見どころは萬福舟乗辨財天(東京銭洗い弁天)。銭洗いの井でお金を清め、財運を願う参拝者でいつも賑わっています。
毎年11月には、新穀をささげる新嘗祭にあわせたどぶろく祭りが開かれ、強運厄除のお守りとして親しまれる「みみずく様」も授与されます。決して広い境内ではありませんが、参拝の列が絶えないのは、それだけご利益を慕う人が多いから。人形町や蛎殻町の路地が近く、水天宮とあわせて日本橋七福神をめぐる人の姿もよく見かけます。御朱印やお守りを求めて、参拝のあとに行列ができることも珍しくありません。お参りのついでに、街歩きも楽しめる一社でしょう。
Topicなぜ「強運厄除の神さま」と呼ばれるの?
小網神社が「強運厄除の神さま」と呼ばれるのには、いくつかの言い伝えがあります。第二次世界大戦のとき、出征する氏子のために行われたお祭りに参列し、この社のお守りを受けた兵士は、全員が生きて帰ったと伝わります。さらに、昭和20年(1945年)3月10日の東京大空襲では、まわりが焼けるなかで社殿をふくむ境内の建物が奇跡的に戦災をまぬがれました。こうした逸話が積み重なり、強い運を授ける社として今も語り継がれています。
小網神社に関するよくある質問
- 小網神社の銭洗いは、どうやってお参りするのですか?
- 境内の銭洗いの井でお金をすすいで清め、財運を願います。清めたお金は使わずに財布へ納め、お種銭として持つとよいとされています。
- どぶろく祭りとはどんな行事ですか?
- 毎年11月の新嘗祭にあわせて開かれるお祭りで、新穀でつくった濁り酒がふるまわれることから親しまれています。強運厄除の縁起物「みみずく様」もこの時期に授与されます。
- 小網神社の参拝に料金はかかりますか?
- 境内の参拝は自由で、特別な料金はかかりません。お守りや御朱印などの授与品には初穂料が必要です。
