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日本橋室町とは

日本橋室町とは、東京都中央区にある町名で、日本橋川の北側、日本橋と神田のあいだに広がるエリアです。現在は日本橋室町一丁目から三丁目まであり、江戸時代から続く老舗と、三井不動産が手がけた商業施設「コレド室町」が同居しています。日本橋三越本店福徳神社も、この町に建つ日本橋有数の商業中心地です。

日本橋室町の歴史と現在を時間軸で示した概念図:江戸時代の越後屋・魚河岸から現代のコレド室町・三越本店までの変遷
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「室町」という名前は、京都ゆずり?

室町という地名は、江戸の早い時期に生まれたと考えられています。名前の由来は一つに定まっておらず、京都の「室町」にならったという説と、商家の土蔵(「室」とも呼ばれます)が立ち並んでいたためという説の二つを、中央区も両論で紹介しました。

江戸の室町まわりは、商いの活気にあふれた一帯でした。すぐ南の日本橋川北岸には、本船町から本小田原町にかけて、江戸の台所と呼ばれた魚河岸が広がります。隣の本町は薬を扱う問屋が集まる商業の核。そして1673年(延宝元年)に伊勢出身の三井高利が開いた呉服店「越後屋」が、1683年(天和3年)に駿河町(今の日本橋室町二丁目)へ店を移しました。

越後屋が掲げた「現金掛け値なし」は、その場で現金払い・値引きなしの正札販売という、今の定価売りの先がけです。この越後屋がのちの三越にあたり、室町は三井家ゆかりの町として育っていきました。なお川沿いの魚河岸は、関東大震災をきっかけに1935年に築地へ移り、今はその役目を豊洲が引き継いでいます。

混同しやすいポイントを整理する

「室町」と聞くと、京都の室町通りや室町時代を思い浮かべる方も多いはず。ここで扱う室町は、あくまで東京・日本橋の町名であり、歴史の時代区分とは関係がありません。

もうひとつ、町名の「日本橋室町」と商業施設の「コレド室町」は別物です。コレド室町は室町一丁目から三丁目にまたがって建つ施設群で、町そのものを指す言葉ではありません。隣り合う日本橋本町や日本橋本石町とも地続きで境目は分かりにくいのですが、三越本店や福徳神社のある一帯が室町、と覚えると歩きやすくなります。そもそも「日本橋」は橋・地名・駅名と多くの意味を持つ言葉。室町は、その広い日本橋エリアの北のかなめにあたる町、と位置づけると見通しがよくなるはずです。

伝統と新しさが折り重なる街歩き

今の室町は、江戸からの老舗と最新の商業施設が徒歩数分の範囲に共存する、街歩きの好適地です。三井不動産が「残しながら、蘇らせながら、創っていく」を掲げる日本橋再生計画。その中心となったのが、この室町でした。再開発で生まれたコレド室町は、コレド室町1が2010年、2と3が2014年、コレド室町テラスが2019年に順次開業し、飲食や物販、映画館までそろっています。

ビルの谷間には、再開発に合わせて整えられた福徳の森と福徳神社が静かにたたずみました。2019年に完成した日本橋室町三井タワーのコレド室町テラスには、台湾発の書店「誠品生活日本橋」が日本で初めて出店したことでも知られています。買い物のあいだに老舗をのぞくか、それとも神社で手を合わせるか。老舗ののれんと新しいビルが背中合わせに並ぶ景色こそ、室町ならではの楽しみ方でしょう。

Topic室町は江戸で一番、富士山がきれいな町だった?

今の日本橋室町二丁目あたりは、江戸時代には「駿河町」と呼ばれていました。通りの正面に富士山がまっすぐ見える名所で、駿河(今の静岡県中部)の富士が望めることが町名の由来とされています。歌川広重も『名所江戸百景』の一枚『する賀てふ(駿河町)』で、越後屋ののれんの先にそびえる富士を描きました。ビルが立ち並ぶ今は望めませんが、室町の通りが富士を見通す向きに造られていた名残です。

日本橋室町に関するよくある質問

日本橋室町とコレド室町はどう違いますか?
日本橋室町は中央区の町名(一〜三丁目)、コレド室町はその町に建つ三井不動産の商業施設群です。コレド室町は町の一部を占める施設で、町全体を指す言葉ではありません。
日本橋室町の最寄り駅はどこですか?
東京メトロ銀座線・半蔵門線の三越前駅が最も近く、駅から地下通路でコレド室町や日本橋三越本店へつながっています。JR新日本橋駅からも歩けます。
江戸の台所と呼ばれた魚河岸は、今も日本橋室町の近くにありますか?
かつて室町のすぐ南、日本橋川の北岸に魚河岸がありましたが、1935年に築地へ移転しました。築地市場も2018年に豊洲へ移っており、今は日本橋には市場はありません。

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