神田祭とは

神田祭とは、神田明神(正式名称は神田神社)の例大祭で、江戸三大祭・日本三大祭の一つに数えられる祭りです。神社は千代田区の外神田にありますが、その氏子区域は神田・日本橋・秋葉原・大手町丸の内などにまたがり、本祭の年には大行列が日本橋エリアまで巡ってきます。「神田の祭り」でありながら、日本橋にとっても身近なお祭りなのです。

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将軍も見た「天下祭」という呼び名

神田明神は江戸幕府が開かれると「江戸総鎮守」として手厚く崇敬されました。江戸時代の神田祭は、神輿や数多くの山車が江戸城内まで練り込み、徳川将軍や御台所が上覧したことから、江戸の庶民にいつしか「天下祭」と呼ばれるようになったとされています。

もともとは毎年開かれていましたが、やがて2年に一度の開催が恒例になりました。御祭神は縁結びのだいこく様、商売繁昌のえびす様、そして除災厄除のまさかど様(平将門命)の三柱です。

山王祭と取り違えないために

江戸の「天下祭」は神田祭だけではありません。日枝神社の山王祭ももう一つの天下祭で、この二つは隔年で交互に本祭を行ってきた関係にあります。ざっくり言うと、神田祭は奇数年の5月、山王祭は偶数年の6月が本祭の年。偶数年の神田祭は「陰祭(かげまつり)」として簡素に営まれ、神輿が街を練り歩く神幸祭などは行われません。どちらも別の神社の祭りなので、混同しないよう覚えておくと分かりやすくなります。

日本橋とのつながり

神田祭の主役は、本祭の年に行われる神幸祭。鳳輦(ほうれん)や神輿を中心とした大行列が、氏子の各町会を一日かけて巡ります。その経路には大手町や中央通りとともに日本橋(三越本店前など)も含まれ、日本橋エリアの町会もこの祭りに加わります。日本橋に暮らす人・働く人にとって、神田祭は「隣町のお祭り」ではなく、自分たちの氏神様の祭りでもあるわけです。

Topic神田の祭りなのに、なぜ日本橋まで神輿が来るの?

本祭の年の神幸祭は、鳳輦や神輿の大行列が約30kmもの道のりを一日かけて巡行します。神社のある外神田を出て、大手町の将門塚、日本橋の三越本店前、中央通り、秋葉原の電気街などを回るルートです。神田明神の氏子は神田・日本橋・大手町丸の内・秋葉原など108もの町会に及ぶため、「神田の祭り」と思われがちでも、本祭の年には行列が日本橋までやって来ます。日本橋が古くから神田明神の氏子区域だったことの、いわば生きた証しといえる光景です。

神田祭に関するよくある質問

神田明神はどこにありますか。日本橋から行けますか。
神田明神(神田神社)は東京都千代田区外神田に鎮座します。日本橋エリアからは少し離れますが、氏子区域が日本橋まで及ぶため縁が深く、本祭の年には神輿の行列が日本橋側へ巡ってきます。
神田明神にはどんな神様が祀られているのですか。
縁結びのだいこく様(大己貴命)、商売繁昌のえびす様(少彦名命)、除災厄除のまさかど様(平将門命)の三柱が祀られています。平将門公は大手町の将門塚とゆかりがあり、神幸祭の行列も将門塚を巡ります。
陰祭の年は何も行われないのですか。
陰祭の年は神輿が街を練り歩く神幸祭や神輿宮入は行われませんが、例大祭などの神事自体は営まれます。大規模な巡行を見たい場合は本祭の年(奇数年)が狙い目です。
見物に料金はかかりますか。
神幸祭の行列や神輿宮入を沿道で見物するだけなら、特別な料金はかかりません。日本橋や中央通り沿いでも本祭の年は行列を見られます。

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