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用語 街・地名

浅草橋とは

浅草橋とは、神田川に架かり、中央区日本橋馬喰町側と台東区浅草橋側を結ぶ橋です。読みは「あさくさばし」で、国土交通省が管理しています。JRと都営地下鉄の駅名や台東区の町名にも同じ名前が使われているので、ここで取り上げるのは神田川に架かる橋そのもの。

江戸城の浅草見附が置かれた場所

江戸時代、この場所には江戸城の警護のために36か所に設けられた見附の一つ、浅草見附がありました。見附とは、警護の人を置いて通行人を見張った城門のこと。置かれたのは寛永13年(1636年)で、枡形の門は「浅草御門」と呼ばれていました。浅草観音や遠く奥州へ行き来する人々を、ここで取り締まったといいます。橋の台東区側のたもとに立つのが、その場所を伝える「浅草見附跡」の碑です。

橋・駅・町名を見分ける

「浅草橋」という名前は、神田川に架かる橋のほか、JRと都営地下鉄の駅、台東区の町名としてもよく登場します。では、浅草寺のそばにある橋なのでしょうか。実際は浅草の中心部から離れた、中央区と台東区を結ぶ神田川の上です。浅草見附跡の碑はJR浅草橋駅から徒歩約2分と近いので、待ち合わせでは「駅」なのか「橋」なのかまで伝えると行き違いを防げるでしょう。神田川はこの先、柳橋を経て隅田川へ注いでいます。

日本橋トピック♪常盤橋門から浅草橋門へ、江戸の街道が続いていた

江戸時代、江戸城の常盤橋門の前から浅草橋門へ続く本町通りは、街道交通の要所でした。今の道でいえば、常磐橋から日本銀行の敷地を抜け、日本橋本町二丁目と三丁目の間の通り、大伝馬本町通り横山町大通りへと続く道筋です。その先の浅草御門で、浅草観音や奥州方面へ向かう人々の往来が取り締まられていました。浅草橋のたもとは、江戸城の門から延びる街道の要所に置かれた、もう一つの門の場所だったのです。

浅草橋に関するよくある質問

「浅草御門」と「浅草橋門」は同じ門ですか?
どちらも浅草橋の場所にあった江戸城の見附の門を指す呼び名です。台東区の観光案内は枡形の門を「浅草御門」と呼び、中央区の文化財解説は常盤橋から続く本町通りの先の門を「浅草橋門」と記しています。
浅草見附の門は今も残っていますか?
門は残っていません。橋の台東区側のたもと、台東区浅草橋1-1-15付近に「浅草見附跡」の碑が立っており、JR浅草橋駅や都営バスの浅草橋駅前停留所から徒歩約2分です。