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日本橋馬喰町とは

日本橋馬喰町とは、東京都中央区にある町名で、読みは「ばくろちょう」。江戸時代には地方から訴訟で出てきた人が泊まる旅人宿が立ち並ぶ町でした。今は横山町と並ぶ、東京有数の衣料問屋街です。

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「馬喰」は馬の売買人のこと

中央区の説明によると、天正年間(1573年から1591年ごろ)に博労頭(ばくろうがしら)の高木源兵衛や富田半七らが住んでいたという記録があります。博労とは馬の売買を仲立ちする人のことで、これが「馬喰」の字につながったとされています。ただし、それがそのまま町名の由来かどうかは、はっきりしていません。

江戸時代には、関東一帯を治める役所(関東郡代の屋敷)が近くに置かれました。そのため、訴訟ごと(公事)で地方から江戸へ出てきた人が大勢集まり、彼らが泊まる「公事宿」が通りにずらりと並びました。馬喰町は江戸でも指折りの旅館街だったのです。

今は東京を代表する問屋街

旅人でにぎわった町は、今どう変わったのでしょう。現在は衣料やファッションの問屋街に姿を変えています。隣の横山町とひとつづきになり、東京の商いを支える一大問屋エリアを形づくっています。平日は仕入れに訪れる業者の姿が多く、街の表情も独特です。

Topic江戸でいちばん古い馬場があった町

馬喰町には、かつて「初音の馬場(はつねのばば)」という馬場がありました。天文20年(1551年)に開かれたとされ、江戸で最も古い馬場と伝えられています。馬の売買にゆかりの深い町に、江戸随一の馬場があったというのも面白いところ。歌川広重の『名所江戸百景』にもその風景が描かれ、当時の人気スポットだったことがうかがえます。

日本橋馬喰町に関するよくある質問

馬喰町と横山町はどう違いますか?
どちらも日本橋の衣料・ファッション問屋街で、ひとつづきのエリアを形づくっています。歴史的には馬喰町が旅人宿の町、横山町が古くからの問屋町として発展してきました。
馬喰町では一般の人も買い物できますか?
もともとは業者向けの問屋街ですが、小売りに応じる店もあります。仕入れの業者が中心の街なので、訪れる際は各店の営業形態を確認するとよいでしょう。

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