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用語 街・地名

横山町大通りとは

横山町大通りとは、日本橋横山町を東西に通る中央区の愛称道路で、洋品や雑貨、繊維の問屋が集まる横山町の問屋街を貫く通りです。愛称が付いたのは昭和63年(1988年)度のこと。

奥州街道沿いの問屋町

横山町は、江戸時代から奥州街道に沿う問屋町として栄えた町です。『日本歴史地名大系』によると、横山町一丁目から三丁目はいずれも、本町から東へ延びる通りに面した町で、三丁目の東は、浅草橋御門前の柳原通。

文政7年(1824年)の買い物案内『江戸買物独案内』には、横山町二丁目の店として、書物問屋、釘・鉄・銅物の問屋、小間物問屋、糸物問屋、煙管の問屋、塗物問屋、下り雪駄の問屋などがずらり。本や金物から雪駄まで、ひとつの町でこれほど多彩な品がそろっていたのです。

今の問屋街

今の横山町も、周辺の馬喰町や大伝馬町などとともに洋品・雑貨・繊維の問屋が多く、都内や近県から仕入れに来る小売店の人たちでにぎわいます。では、一般の人は買い物できないのでしょうか。問屋は本来、お店に商品を卸すところで、年2回の大江戸問屋祭りは、ふだんは卸売が中心の問屋街で一般の人も買い物ができる日として知られています。

日本橋トピック♪横山町の丁目、地図によっては逆向き?

『日本歴史地名大系』によると、横山町は西から東へ一丁目・二丁目・三丁目と並ぶ町でした。ところが明暦3年(1657年)の「新添江戸之図」では、江戸城に近いほうから三丁目・二丁目・一丁目と、並びが逆に描かれています。承応の江戸絵図や明暦より後の江戸図では、ふたたび西から東への並びになっているそうです。同じ通り沿いの町なのに、地図によって丁目の順番が入れ替わっていたとは、ちょっと不思議な話です。

横山町大通りに関するよくある質問

横山町大通りの問屋では一般の人も買い物できますか?
問屋は本来、小売店などに卸す店で、店によって一般の人への販売の扱いが異なります。中央区観光協会は大江戸問屋祭りを、ふだんは卸販売専門の店が一般の人にも特別価格で売る催しとして紹介しています。買い物をするときは店頭の案内を確かめると安心です。
横山町大通りの区間はどこからどこまでですか?
中央区の道路愛称名の一覧では、起点が日本橋横山町2番先、終点が日本橋横山町9番先で、歩道のある道です。

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