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用語 街・地名

本町通りとは

本町通りとは、日本橋本石町・日本橋室町・日本橋本町を東西に通る、中央区の愛称道路です。江戸の町づくりの出発点に通された「本町通」の名を今に伝える道で、愛称は平成31年(2019年)度に付けられました。

江戸の目抜き通りだった「本町通」

『日本歴史地名大系』によると、天正18年(1590年)に関東へ入った徳川家康が最初に手がけた町割りは、本町だったとされます。江戸城の常盤橋御門の外から東へ、道幅六間の本町通を通し、その両側に町地を割って、翌年には商人を住まわせました。

本町は常盤橋御門の外の一丁目から、東へ四丁目まで続いていました。辞書によれば、江戸時代の本町は今の日本橋本町・本石町・室町の二〜三丁目あたりを含む一帯で、「江戸屈指の目抜き通り」。金座・桝座のほか、老舗や豪商が軒を並べていたといいます。

奥州へ向かう道筋と、東へ続く通り

同じ『日本歴史地名大系』は、この道を「奥州への街道筋」と記しています。東へ進むと大伝馬町、さらに通塩町・横山町と、同じ道に面した町が浅草橋御門の近くまで並んでいました。今の愛称道路でも、その東側に「大伝馬本町通り」「横山町大通り」が続きます。名前はよく似ていても別々の愛称なので、昔の一本の道筋を、区間ごとに呼び分けていると考えるとわかりやすいでしょう。

日本橋トピック♪道幅を測った物差しは、京都の「一間」

本町を貫くこの道の道幅は「六間」。『日本歴史地名大系』によると、このときの町割りの一間は、京都の町で使われていた京間(六尺五寸)で、都の町づくりの決まりにならったものでした。六尺五寸を一間として計算すると、道幅は約12m。江戸の町づくりの第一歩は、京都の物差しで測られていたわけです。

本町通りに関するよくある質問

本町通りの区間はどこからどこまでですか?
中央区の道路愛称名の一覧では、日本橋本石町三丁目2番から日本橋本石町二丁目1番まで、および日本橋室町三丁目1番先から日本橋本町二丁目2番先までの2区間です。どちらも歩道のある道として載っています。
本町通りの「本町」はどう読みますか?
「ほんちょう」と読みます。通りが通る日本橋本町(にほんばしほんちょう)と同じ読みです。

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