中村座とは
中村座とは、江戸幕府が公認した歌舞伎劇場である江戸三座の一つで、猿若座が後に改称した座です。日本橋との関わりでは、上堺町・下堺町を経て後の堺町へ移った流れが重要で、現住所でいう日本橋人形町三丁目周辺の芝居町を理解する入口になります。
日本橋人形町へ重なる江戸の劇場
中央区公式の文化財解説では、寛永元年(1624年)に中橋南地で猿若座の興行が知られ、これが後に中村座と改称したと説明されています。その後、中村座は場所を移し、上堺町や下堺町を経て、後の堺町へつながりました。劇場名を追うと、日本橋人形町が江戸の芝居町だったことが立体的に見えてくるでしょう。
ここで大事なのは、中村座を現代の常設劇場として探さないことです。中村座は江戸期の座名であり、堺町も旧町名。いまの街歩きでは、人形町の地名や江戸三座の資料を通して読む歴史の層として捉えると、場所の意味が分かりやすくなるはずです。
江戸三座入場券に残る中村座
中央区指定有形文化財の江戸三座入場券には、中村座・市村座・森田座の木製入場券が含まれます。中村座の札には、客席を意味する土間の墨書が確認されています。紙のチケットではなく木札だった点も、江戸の芝居見物を身近に感じさせるポイント。
日本橋トピック♪中村座の札だけに残る「土間」の面白さ
江戸三座入場券では、中村座の札に「土間」と書かれていました。土間は舞台正面の広い空間を木で仕切った升席。劇場名だけなら遠い歴史に見えますが、席の名が残るとどうでしょう。観客が木戸で札を受け取り、自分の席へ進んだ場面まで想像できます。
関連用語
中村座に関するよくある質問
- 中村座は今も日本橋にありますか?
- 江戸期の中村座を、現在の日本橋にある常設劇場として探すのは正確ではありません。江戸三座の一つで、旧町名の堺町や日本橋人形町周辺の芝居町とつながる劇場として読むのが自然です。
- 中村座の入場券には何が書かれていましたか?
- 中央区公式によると、江戸三座入場券の中村座札には、観客席を意味する「土間」の墨書が確認できます。席の種類まで分かる点が、資料としての面白さです。
- 江戸三座入場券はどこに所蔵されていますか?
- 中央区公式では、所在地は新富一丁目の郷土資料館とされています。木札3点が区指定有形文化財の考古資料として整理されています。
