日本橋晴嵐とは
日本橋晴嵐とは、江戸の日本橋の景色を「晴嵐(せいらん)」という画題(がだい=絵のテーマ)で描いた浮世絵の呼び名です。一枚の決まった名画を指す題ではなく、複数の絵師がそれぞれの揃物(そろいもの=連作シリーズ)のなかで描いた「日本橋の晴嵐」をまとめて指す画題名と考えると分かりやすいでしょう。
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「晴嵐」は嵐ではない
字面から暴風雨を思い浮かべそうですが、「晴嵐」は嵐のことではありません。晴れた日に山あいや水辺へ立ちのぼる、もやのような大気のゆらめきを指す、やわらかな言葉です。日本橋晴嵐は、そうした澄んだ空気のなかで橋とにぎわいをとらえた一図、というわけですね。
描いたのは一人ではない
日本橋晴嵐は、渓斎英泉(けいさいえいせん)・歌川広重・歌川豊広(とよひろ)といった複数の絵師が手がけたとされます。なかでも渓斎英泉の「江戸八景 日本橋の晴嵐」はメトロポリタン美術館などに所蔵されており、ほかの絵師も同じ画題を描き継いだと伝えられています。
つまり「作者はだれ?」と一人に決めきれないのが、この画題の特徴。江戸の人々に好まれた定番の景色だったからこそ、絵師から絵師へと描き継がれていったといえます。
Topic中国生まれの画題が、めぐって日本橋へたどり着いた
「晴嵐」はもともと、中国の名所を八つの風景に見立てた「瀟湘(しょうしょう)八景」の画題の一つ「山市晴嵐(さんしせいらん)」に由来します。これが日本に入ると、琵琶湖畔の名所を選んだ「近江八景」の「粟津(あわづ)の晴嵐」などに受け継がれ、やがて江戸の名所を八つに見立てる「江戸八景」「東都名所」へと広がりました。日本橋晴嵐は、その長い旅の末に「江戸一のにぎわい・日本橋」へ行き着いた画題です。中国の山水の風雅を、荷船や商人でにぎわう橋に重ねたところに、江戸の絵師たちの見立ての遊び心がうかがえます。
関連用語
日本橋晴嵐に関するよくある質問
- 「晴嵐」とはどんな意味ですか?
- 晴れた日に山あいや水辺へ立ちのぼる、もやのような大気を指す言葉です。「嵐」とありますが暴風雨ではありません。中国の瀟湘八景の「山市晴嵐」がもとで、近江八景の「粟津の晴嵐」などにも使われています。
- 日本橋晴嵐の実物はどこで見られますか?
- 渓斎英泉の版は国立国会図書館などが所蔵し、ボストン美術館やメトロポリタン美術館といった海外の美術館も同名の作品を収めています。各館がデジタル画像を公開している場合もあります。
