三代原舟月とは
三代原舟月とは、幕末から明治にかけて活躍した江戸の山車人形師(だしにんぎょうし)で、日本橋の十軒店(じっけんだな)に店を構えた人形師「原舟月」の三代目にあたる人物です。神田祭や山王祭をはじめ、各地の祭りを飾る山車人形を数多く手がけました。
日本橋・十軒店の人形師の家を継ぐ
原舟月の家は、もとは大阪から江戸へ出てきた人形師の家でした。店を構えたのが、今の中央区日本橋室町にあたる「十軒店」。ここはひな祭りの時季に人形を売る市でにぎわった一角で、原舟月は雛人形づくりで名をあげた一家です。三代目(通称 徳太郎)は、18歳のときに病に伏した二代目から、その看板を受け継いだと伝わります。
大きく見ごたえのある「原舟月風」
三代目は、迫力ある大型の山車人形をつくり、のちに「原舟月風」と呼ばれる作風を築きました。明治29年(1896年)の日本武尊(やまとたけるのみこと)の山車人形など、関東各地にその作品が今も残されています。祭りの日に高くそびえる人形は、江戸から続く職人技のたまものでした。
日本橋トピック♪今のひな人形の原型は、日本橋・十軒店から?
原舟月の家といえば、もともとは雛人形の名門。明和のころ(1764〜72年)に十軒店で生まれた「古今雛(こきんびな)」が、今に続くひな人形の原型になったとされています。三代目が受け継いだのは、山車人形の腕だけではありません。日本橋からひな人形の流行を生み出した、人形づくりの一家の誇りでもあったのでしょう。
三代原舟月に関するよくある質問
- そもそも「山車人形」とは何ですか?
- 祭りの山車(だし)の上に高く立てて飾る、大きな人形のことです。歴史上の英雄や神さまをかたどったものが多く、原舟月はその名手として知られました。
- 原舟月の山車人形は、今でも見ることができますか?
- 関東各地の祭りに作品が残っています。たとえば三代目作と伝わる関羽の山車人形は千葉県佐倉市に、明治29年(1896年)作の日本武尊の人形なども現存します。
