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小伝馬町の名前の由来とは|怖い牢屋敷事件や処刑場というキーワードが….
日本橋・室町エリア

2022.12.28

小伝馬町の名前の由来とは|怖い牢屋敷事件や処刑場というキーワードが….

東京都中央区の北端に位置する地域で、日本橋の地名である小伝馬町(こでんまちょう)。

 

小伝馬町は駅前にオフィスやマンション、雑居ビルが多く、治安が良いのが特徴です。

 

観光客などが少なくてゆったりしているので、とても落ち着いた雰囲気があります。

 

そんな小伝馬町ですが、名前の由来を調べていたら、怖い牢屋敷事件や処刑場といった怖いキーワードが出てきました。

 

小伝馬町という名前の由来には、なんだか恐ろしいエピソードがありそうです。

 

この記事では、小伝馬町の名前の由来についてご紹介します!

 

小伝馬町の名前の由来とは

 

小伝馬町は江戸時代の「伝馬(でんま)」が名前の由来となっています。

 

伝馬とは江戸時代の幕府が、公用をこなすために宿場で乗り継ぐ馬のことです。

 

江戸から五街道を通って地方に行く際、街道沿いにある各宿場間で交代して運ぶ制度を伝馬制度といいます。

 

五街道を通って宿場町間を移動する際に、同じ人や馬ではなく交代しながら運搬するのです。

 

伝馬制度は、戦国大名などによっても採用されていましたが、徳川家康が本格的に整備しています。

 

江戸の日本橋を起点にして地方に伸びる五街道を整備するとともに制度化されました。

 

そんな伝馬制度で物資などの運搬を仕切っていたのが「伝馬役」。

 

伝馬役が住んでいたというのが、小伝馬町の名前の由来だといわれています。

 

より多くの馬を準備していたほうを大伝馬町、比較的少ないほうは小伝馬町と名付けられました。

 

小伝馬町に怖い牢屋敷事件や処刑場というキーワードが…

 

 

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よくよく調べてみると、かつて小伝馬町は刑が確定するまで囚人の身柄を拘束しておくための収容所があったということがわかりました。

 

時代劇で登場することがある「伝馬町牢屋敷」があったというのです。

 

伝馬町牢屋敷とは、江戸時代の牢屋のこと。

 

伝馬町牢屋敷は約8600平方メートルの敷地です。

 

約270年間に数十万人が牢屋に入れられて処罰されています。

 

いまでは、近隣の住民がくつろいだり保育園児が遊んだりしている東京都中央区立十思公園になっています。

 

公園には幕末で高い志を持って活躍したものの処罰された吉田松陰の碑もあるのです。

 

そこで吉田松陰が残した有名な句をご紹介しましょう。

 

「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」

 

大和魂だけはくちさせることなく留めておこう、正しいと信じた事は死を覚悟してでもやるのが日本人の魂であるという意味があります。

 

この句が明治維新の原動力となったそうです。

 

吉田松陰の尋常ではない高い志が伝わってくる句ですね!

 

【まとめ】小伝馬町の地名由来

 

小伝馬町は、江戸時代の城下町となっていた街です。

 

江戸幕府の公用をこなすために、宿駅で乗り継ぐ馬を仕切っていた「伝馬役」が住んでいたといわれています。

 

そして囚人の身柄を拘束するための牢屋、伝馬町牢屋敷があった場所でもあります。

 

囚人の中には、幕末に高い志を持って活躍していた吉田松陰も。

 

吉田松陰は江戸時代の長州藩で松下村塾を主宰し、維新の志士たちの思想に影響を与えた人物です。

 

江戸時代の末期である幕末の暮らしぶりや思想に思いをはせてみるのもいいですね。

 

いまでは一部が公園として活用され、近隣住民の憩いや交流の場所として親しまれている日本橋の「伝馬町牢屋敷」。

 

特に幕末の歴史が好きというかたは楽しく見られそうです。

 

これからも進化し続けている日本橋の小伝馬町に足を運んでみてはいかがでしょうか?

 

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました!

FUKUSHIMA

著者:fukushima

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