江戸歌舞伎発祥の地とは
江戸歌舞伎発祥の地とは、江戸で初めて歌舞伎の常設の芝居小屋がつくられた場所をしめす史跡で、その碑は東京都中央区京橋に立っています。今から四百年ほど前、ここから江戸の芝居文化が花開きました。その後、芝居小屋は日本橋の町々へと移っていきます。
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1624年、中橋に猿若座が櫓をあげた
寛永元年(1624年)、猿若勘三郎(初代中村勘三郎)が中橋(今の日本橋と京橋の中間あたり)に芝居小屋の櫓をあげました。この猿若座こそ、江戸歌舞伎の始まり。猿若座はやがて中村座と名を変え、江戸でもっとも格式ある芝居小屋として知られていきます。
芝居小屋は日本橋の町へ移っていった
猿若座あらため中村座は、その後たびたび場所を移します。寛永9年(1632年)には禰宜町(今の日本橋堀留町あたり)へ、慶安4年(1651年)には堺町(今の日本橋人形町あたり)へ。こうして日本橋一帯は江戸有数の芝居の町になっていきました。発祥の碑は京橋にありますが、その後の物語の舞台はむしろ日本橋。天保12年(1841年)の火事ののちは、芝居小屋は浅草へと移されています。
Topic碑の文字は、歌舞伎ならではの「勘亭流」
京橋に立つ「江戸歌舞伎発祥之地」の碑(昭和32年建立)。その文字は、ふつうの書体ではありません。芝居の看板や番付に使われる勘亭流(かんていりゅう)という、太くまるみのある独特の書体で刻まれています。文字そのものが歌舞伎の世界をまとっている。石碑の前に立ったら、ぜひ書きぶりにも目をとめてみてはいかがでしょうか。
江戸歌舞伎発祥の地に関するよくある質問
- 江戸歌舞伎発祥の地の碑は、どこにありますか?
- 碑があるのは中央区京橋です。歌舞伎が産声をあげた中橋が、ちょうど日本橋と京橋のあいだに位置していたことにちなみます。石碑は昭和の半ばに建てられました。
- 発祥は京橋なのに、なぜ日本橋と関わりが深いのですか?
- 最初の芝居小屋がやがて日本橋の町なかへ移り、人形町あたりが江戸きっての芝居どころとして発展したためです。発祥の地と、文化が育った場所は別だったわけです。
