京粕漬魚久とは

京粕漬魚久とは、東京都中央区の日本橋人形町に本店を構える、魚の粕漬けで知られる老舗です。看板は酒粕に漬け込んだ「京粕漬(きょうかすづけ)」で、ぎんだらや銀鮭などを焼いて味わいます。ふだんは「魚久」と呼ばれ、贈り物にも選ばれてきました。

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鮮魚商から割烹、そして粕漬けの店へ

魚久の始まりは、大正3年(1914年)。京都で料理修行をした初代清水久蔵が、日本橋蛎殻町(かきがらちょう)で高級鮮魚商「魚久商店」を開いたのが出発点です。もとは魚そのものを売る店だったわけです。

転機は昭和15年(1940年)の「江戸風割烹魚久」。料理店として営むなかで、二代目廣田年尾(ひろたとしお)粕床(酒粕の漬け床)の味にこだわって漬けた粕漬けが評判を呼びました。やがて常連客から「魚久の粕漬けを土産にしたい」という声が高まり、昭和40年(1965年)に粕漬け専門店「京粕漬魚久」が誕生します。鮮魚商から割烹、そして粕漬けの専門店へと、商いの姿を変えながら今に続いてきました。

本店は人形町、日本橋の食の老舗の一軒

本社と本店は東京都中央区の日本橋人形町。ここを起点に、銀座や四谷など日本橋エリア内外に直営店を構え、全国の百貨店でも京粕漬を扱っています(2026年6月時点・公式で確認)。日本橋にはにんべん千疋屋総本店、あなごの玉ゐといった食の老舗が集まり、魚久もその一軒に数えられます。

ひとつ整理しておきたいのが、店と商品の関係です。「京粕漬魚久」は店の名前、「京粕漬」はその店の粕漬けを指します。また「大正3年創業」は鮮魚商として始めた年で、粕漬けの専門店になったのは昭和40年から。魚を売る店として生まれ、のちに粕漬けの店へ育った、と読み替えると分かりやすいでしょう。

Topic魚久の名物は、お客さんの「土産にしたい」から生まれた?

今でこそ粕漬けの店として知られる魚久ですが、看板商品は、はじめから売り物だったわけではありません。割烹料理店「江戸風割烹魚久」だった時代、二代目が漬けた粕漬けを気に入った常連客が「土産に持ち帰りたい」と求めたことがきっかけでした。その声に応えて土産用の販売を始めたところ評判となり、やがて粕漬け専門の店を構えるまでに育ったと伝えられています。お客さんの一言が、老舗の看板を生んだわけです。

京粕漬魚久に関するよくある質問

「魚久」と「京粕漬魚久」は同じ店ですか?
同じ店です。正式な店の名が「京粕漬魚久」で、ふだんは「魚久(うおきゅう)」と短く呼ばれています。看板商品の京粕漬を、そのまま店名に冠した形です。
魚久は、あなごの玉ゐや果物の千疋屋と同じ系列の店ですか?
別々の独立した店です。いずれも日本橋に根を張る食の老舗ですが、経営の系列としてのつながりはありません。魚は魚久、あなごは玉ゐ、果物は千疋屋と、それぞれ専門が分かれています。

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