前島密とは

前島密とは、日本の近代郵便制度を築いた中心人物で、「郵便の父」と呼ばれる人物です。今も使う「郵便」「切手」「葉書」という呼び名を定めたことで知られます。郵便制度が始まった日本橋は「郵便発祥の地」とされ、その縁の深い人でもあります。

「郵便」「切手」「葉書」を定めた人

前島密(1835〜1919年)は、越後国(今の新潟県上越市)に生まれました。明治のはじめ、当時の役所で郵便を担う立場にあった前島は、手紙を全国へ安く確実に届けるしくみを国の事業として整えることを提案します。

その建議が実を結び、明治4年(1871年)3月1日、東京・京都・大阪の三都市とその間の東海道筋を結ぶ官営の郵便事業が始まりました。このとき「郵便」「切手」「葉書」といった言葉を選んで定めたのも前島でした。私たちが当たり前に使っている言葉の名づけ親、というわけです。教育にも力を注ぎ、早稲田大学の創設にも深く関わりました。

日本橋は「郵便発祥の地」

郵便事業が始まった明治4年、東京の日本橋元四日市町(今の中央区日本橋一丁目)に、郵便を取りしきる役所(駅逓司)と郵便役所が置かれました。ここが日本の郵便のスタート地点。日本橋郵便局には、前島密の胸像と「郵便発祥の地」の碑が立っています。日本橋を歩くなら、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょう。

日本橋トピック♪一円切手の顔は、実は「郵便の父」

切手を貼るとき、金額の調整によく使われる一円切手。あの肖像こそ、ほかでもない前島密です。郵便のしくみをつくった本人が、長く一円切手の顔をつとめているわけです。何気なく手にしている小さな切手にも、日本橋から始まった郵便の歴史が、そっと刻まれているのかもしれません。

前島密に関するよくある質問

前島密は、たった一人で郵便制度をつくったのですか?
「郵便の父」と呼ばれますが、制度は多くの官員の働きで整えられました。前島はその創設を国に提案し、中心となって導いた人物とされています。
前島密の顔は、どこかで見られますか?
一円切手の肖像が前島密です。また日本橋郵便局には前島の胸像と「郵便発祥の地」の碑が立っており、間近に見ることができます。
前島密にまつわる意外なエピソードはありますか?
幕末の慶応2年(1866年)に、漢字を廃止してはどうかという建議書『漢字御廃止之議』を将軍に提出したと伝わります。文字や教育のあり方にも強い関心を持っていました。

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