人形町志乃多寿司總本店とは

人形町志乃多寿司總本店とは、東京都中央区の日本橋人形町にある、いなり寿司を看板にする寿司の老舗です。創業は明治10年(1877年)。140年あまりにわたって、甘辛く煮た油揚げで包むいなり寿司や、押し寿司・巻き物といった「大阪寿司」を商ってきました。手みやげや法事の折詰として、地元で長く親しまれてきたお店です。

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明治10年から続く、いなり寿司の老舗

志乃多寿司が人形町に店を開いたのは明治10年(1877年)のこと。以来140年あまり、創業当初からの味を守り続けてきました。看板はなんといってもいなり寿司。甘く炊いた油揚げで酢飯を包んだ素朴な一品ですが、油揚げの炊き方や酢飯の加減に手間をかけ、仕上がりまでに数日をかける丁寧なつくりで知られます。いなり寿司のほか、干瓢(かんぴょう)巻きや押し寿司など、折詰でそろう品も多いお店です。

「大阪寿司」って、握り寿司とどう違う?

志乃多寿司は「大阪寿司」の専門店を名乗ります。大阪寿司とは、その場で握って出す江戸前の寿司とは別の系統で、型に詰めて押し固める押し寿司・箱寿司や、いなり寿司・巻き物をまとめた呼び方。あらかじめ作っておけて持ち運びやすいため、折詰や手みやげに向くのが持ち味です。

店は東京の人形町にありますが、寿司の系統としては上方(関西)の流れをくむ、という少し面白い取り合わせ。なおここでいう「大阪寿司」は寿司の種類のことで、お店が大阪にあるわけではありません。人形町は東京の日本橋であって、大阪市の日本橋(にっぽんばし)とも関係ない、という点も押さえておくと混乱しないでしょう。

人形町の散歩みやげに

お店があるのは人形町の通り沿いで、地下鉄の人形町駅から歩いてすぐ。甘酒横丁の散策とあわせて立ち寄りやすい立地です。いなり寿司や巻き物は折詰で持ち帰る人が多く、行楽のお供や手みやげにも選ばれてきました。品ぞろえや営業時間は変わることがあるので、訪れる前に公式の案内を確かめておくと安心です。

Topic「志乃多」という名前は、きつねと関係がある?

いなり寿司には「しのだ寿司(信田寿司・信太寿司)」という別の呼び名があります。いなり寿司に使う油揚げは、稲荷神の使いとされるきつねの好物だと言い伝えられてきました。そのきつねにまつわる「信太(しのだ)の森」の伝説、人に化けたきつね葛の葉の物語から、「しのだ=いなり寿司」と結びついたとされています。屋号「志乃多寿司」も、この呼び名にちなむと考えられます。何気ない店名に、きつねと油揚げの古い言い伝えが隠れているわけです。

人形町志乃多寿司總本店に関するよくある質問

志乃多寿司は今も営業していますか?
はい、人形町で営業を続けています。地下鉄の人形町駅からすぐで、いなり寿司や巻き物の折詰を買い求める人が通うお店です。
創業は明治10年ですが、お店の建物もその頃からのものですか?
創業の明治10年(1877年)は店の歴史であって、今の建物が明治期から続いているわけではありません。長く受け継がれた暖簾と、現在の店構えは分けて考えると分かりやすいでしょう。
志乃多寿司のいなり寿司は手みやげに向きますか?
作り置きできて持ち運びやすいのが持ち味で、折詰は手みやげや法事の席にも選ばれてきました。日持ちは品や季節で変わるため、購入時に確かめると安心です。

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