東海道五十三次之内 日本橋 朝之景とは

東海道五十三次之内 日本橋 朝之景とは、歌川広重の代表作「東海道五拾三次」(保永堂版)の最初の一図で、東海道の出発点である日本橋の朝の情景を描いた作品です。明け方の空のもと、橋を渡り始める大名行列と、魚河岸帰りの魚屋たちが行き交う、江戸の一日の始まりを切り取っています。

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どんな絵か、何が描かれているか

画面の上部は藍色のグラデーションで、夜明けの空を表しています。これは「一文字ぼかし」と呼ばれる刷りの技法で、時間や季節の空気感を伝える工夫です。その下で、日本橋を渡り始めているのが参勤交代の大名行列。先頭の先箱持ちから毛槍、陣笠の従者まで、隊列が整然と続きます。

橋の手前では、魚河岸で仕入れを終えた魚屋が、天秤棒に魚をかついで足早に行き交う姿。そばには野菜売りや犬の姿も。格式ある行列と庶民の活気がひとつの橋の上に同居しているのが、この絵の見どころとされています。朝いちばんの日本橋の、張りつめた空気とにぎわいが同時に伝わってくる一枚でしょう。

作者とシリーズ、いつ頃の作品か

作者は歌川広重。シリーズ「東海道五拾三次」(保永堂版)は天保4年から5年(1833年から34年)頃に版元の保永堂から刊行されました。江戸から京都までの53の宿場に、出発点の日本橋と終点の京都三条大橋を加えた全55図で構成され、この「日本橋 朝之景」が巻頭を飾っています。

描かれた日本橋は、江戸時代の木の橋です。今、中央区にかかる石造りのアーチ橋(明治44年・1911年完成)とは別の、古い姿だと知っておくと、絵と現在の橋を取り違えずにすみます。橋の向こうの魚河岸も、当時は日本橋川沿いにあったもので、1935年に築地へ移り、のちに豊洲へ移転しました。

北斎の日本橋や、別の広重作品との違い

日本橋を描いた浮世絵は数多く、混同されがちです。葛飾北斎の「冨嶽三十六景 江戸日本橋」は富士山を遠くに望む構図で、作者も主役も違います。また同じ広重でも「名所江戸百景 日本橋江戸ばし」は、もっとあとの安政年間に描いた別シリーズの別の図。「朝之景」は東海道の旅立ちを描いた一枚だと覚えておくと、ほかの日本橋の絵と区別しやすくなるでしょう。

Topic同じ「朝之景」なのに、橋の上の人数が違う版がある?

実はこの図には、橋の上のにぎわいが異なる版が伝わっています。最初に刷られた初摺は早朝の静けさを感じさせ、橋の上は大名行列が中心でした。のちに彫り直された版木による「変わり図」では、橋の上に多くの人物が書き加えられ、ぐっと混雑した情景に変わっています。日本橋は人で賑わう絵が好まれた、という当時の事情があったようです。書き足された人や犬には広重らしい筆づかいが見られ、広重自身が手を入れたと考えられています。

東海道五十三次之内 日本橋 朝之景に関するよくある質問

「朝之景」はシリーズの何番目の絵ですか?
巻頭の第一図です。江戸から京都までの東海道を順にたどるシリーズで、その出発点である日本橋から旅が始まる構成になっています。
なぜ橋の上に大名行列が描かれているのですか?
日本橋が東海道の起点だったためです。参勤交代の大名行列がここから旅立つ様子で、東海道の始まりという場所の意味を一枚で示しています。
実物はどこで見られますか?
東京富士美術館や東京国立博物館などが所蔵しています。同じ図が複数の館に収蔵されており、浮世絵の企画展で展示される機会があります。

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