日本橋江戸ばしとは
日本橋江戸ばしとは、歌川広重の連作浮世絵「名所江戸百景」の一図で、日本橋の欄干越しに、すぐ下流の江戸橋の方角を望んだ夏の情景を描いた作品です。手前には魚河岸帰りの魚売りが初鰹を担ぎ、川には荷船、遠くには富士山。江戸のにぎわいを一枚に凝縮した、名所江戸百景の夏の部を代表する一図です。
どんな絵か、タイトルは何を指すのか
「江戸ばし」とは、日本橋のすぐ下流に架かる別の橋「江戸橋」のこと。つまりこの絵は、日本橋の上から江戸橋の方を眺めた構図です。手前に大きく描かれた日本橋の欄干には、橋の格式を示す擬宝珠(ぎぼし。柱の頭につけるたまねぎ形の飾り)が見えます。
画面の右下では、魚河岸で仕入れを終えた棒手振(ぼてふり。天秤棒で売り歩く行商人)が、盤台に入れた初鰹を担いで足早に進みます。橋を行き交う人々、川面の荷船、そして遠くに小さく富士。近くの人物を大きく、遠景を小さく切り取る大胆な構図は、広重の風景画ならではの見せ方とされています。
作者とシリーズ、いつ頃の作品か
作者は歌川広重。連作「名所江戸百景」は安政3年(1856年)から同5年(1858年)にかけて制作された全119図の大作で、江戸の四季の名所を春夏秋冬の順に集めた構成です。この「日本橋江戸ばし」は、その夏の部に収められた一図。なお、配列のうえで巻頭(第一図)を飾るのは春の部の「日本橋雪晴」で、広重はこの連作でも日本橋をたびたび描き、江戸の名所をめぐる旅の起点のように扱っています。
描かれた日本橋は江戸時代の木の橋です。今、中央区にかかる石造りのアーチ橋(明治44年・1911年完成)とは別の、古い姿になります。橋の近くにあった魚河岸も、現在はもうありません。1935年に築地へ移り、のちに豊洲へ移転しました。
広重の「朝之景」や北斎の日本橋との違い
同じ広重の日本橋でも、「東海道五拾三次 日本橋 朝之景」は天保年間のもっと早い時期の別シリーズで、橋を渡る大名行列が主役。本作はそれより20年ほどあとの作で、初夏の橋の暮らしを切り取っています。葛飾北斎の「冨嶽三十六景 江戸日本橋」とも、作者もシリーズも別。どれも同じ日本橋を描きながら、選んだ季節や主役がそれぞれ違います。見比べると面白いでしょう。
Topic絵の主役は橋ではなく、実は初鰹だった?
この絵で手前にいちばん大きく描かれているのは、橋でも富士でもなく、魚売りが担ぐ盤台の初鰹です。江戸っ子は初物を珍重し、なかでも初鰹は飛び抜けた人気でした。「女房を質に入れても初鰹」と言われたほどで、高値を承知で競って買い求めたといわれます。広重はこの夏の一図に、季節の到来を告げる初鰹をあえて主役級に据えました。橋の名所絵でありながら、季節の味覚への江戸っ子の熱がにじむ構図です。
日本橋江戸ばしに関するよくある質問
- なぜ手前の人物だけ、極端に大きく描かれているのですか?
- 近くのものを大胆に大きく、遠景を小さく見せる手法を使っているためです。広重が好んだ構図で、見る人をその場に立たせたような臨場感を生み出しています。
- 「名所江戸百景」は海外の画家にも影響を与えたと聞きますが本当ですか?
- 本当とされています。このシリーズはゴッホが模写するなど、ヨーロッパの画家に強い刺激を与え、ジャポニスムの代表作のひとつに数えられています。
- 今この絵を見るにはどうすればよいですか?
- 名所江戸百景は人気のシリーズで、国内外の美術館が所蔵しています。浮世絵の企画展で展示されるほか、各館がデジタル画像を公開している場合もあります。
