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渡邊長男とは

渡邊長男とは、明治から昭和にかけて活躍した彫刻家で、日本橋の装飾柱に置かれた麒麟(きりん)像・獅子(しし)像の原型をつくった人物です。今も日本橋を歩く人を見守る、あの印象的なブロンズ像の作者です。

日本橋の麒麟・獅子像を彫った人

渡邊長男(1874〜1952年)は大分県に生まれ、東京美術学校(今の東京芸術大学)で彫刻を学びました。明治44年(1911年)に石造りへ架け替えられた日本橋では、装飾柱に置かれる獅子と麒麟の原型を渡邊がつくっています。その日本橋は、1999年に国の重要文化財に指定されました。

では、橋全体のデザインを決めたのも渡邊だったのでしょうか。橋の装飾のデザインを任されたのは建築家の妻木頼黄(装飾顧問)で、装飾の製作は東京美術学校が引き受けました。渡邊が受け持ったのは、そのなかの獅子と麒麟の原型づくり。さらに、像を青銅に鋳造したのは、渡邊の義父で彫刻家の岡崎雪聲。一つの像にも、何人もの名匠が関わっています。

日本橋トピック♪弟は、あの彫刻家・朝倉文夫

渡邊長男の弟が、彫刻家の朝倉文夫(1883〜1964年)です。文夫は1902年、すでに彫刻家として活躍していた長兄の長男を頼って上京し、そこで塑像(粘土でかたちをつくる彫刻)の世界に出会いました。制作に没頭する兄の姿とその技術に驚き、やがて自分も粘土を握り始めたのが、彫刻家・朝倉文夫の出発点です。2023年には台東区立朝倉彫塑館で、2人を並べた特別展「兄と弟 渡辺長男と朝倉文夫」も開かれました。日本橋の麒麟像の前に立ったら、若い弟を驚かせた兄の腕前を思い浮かべてみるのもよいでしょう。

渡邊長男に関するよくある質問

「渡邊長男」は何と読みますか?
「わたなべ おさお」と読みます。「ながお」ではありません。明治から昭和に活躍した彫刻家です。
渡邊長男と朝倉文夫は、どちらが兄ですか?
渡邊長男が兄(長兄)、朝倉文夫が弟です。長男は1874年、文夫は1883年の生まれで、9歳ちがいの兄弟でした。

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