戸張孤雁とは

戸張孤雁とは、中央区公式の文化財解説で、銅造地蔵菩薩立像の制作に関わった人物として紹介される、本小田原町生まれの彫刻家・版画家です。銅造地蔵菩薩立像を通して見ると、日本橋魚河岸の慰霊と旧町名の記憶につながる人物でもあるでしょう。

本小田原町生まれの彫刻家・版画家

中央区公式では、戸張孤雁(1882から1927)は本小田原町、すなわち日本橋本町一丁目に相当する町の生まれとされています。銅造地蔵菩薩立像は、日本橋魚河岸関係者を弔うために造立された像で、孤雁自身も関東大震災で肉親を失った一人と説明されています。

本小田原町、茅場町の寺院、日本橋魚河岸という言葉を並べると、戸張孤雁は作家名であると同時に、地域史の結び目にも見えてくるはずです。人物の肩書だけで終わらないところが、この用語の入口でしょう。

日本橋トピック♪「遺作」と「指図」、どちらで読む?

中央区公式の解説では、銅造地蔵菩薩立像は孤雁の最晩年の遺作とも、孤雁の指図で喜多武四郎が制作したとも言われる文化財。完成した像だけでなく、制作の伝わり方にも幅があると見ると、文化財の読み方が少し深くなるでしょう。

戸張孤雁に関するよくある質問

戸張孤雁を単独の作家名として覚えればよいですか?
日本橋の文脈では、作家名だけでなく本小田原町や魚河岸の慰霊像とつながる人物として見ると理解しやすいでしょう。
喜多武四郎と並んで出てくるのはなぜですか?
銅造地蔵菩薩立像の制作をめぐり、孤雁の関与と喜多武四郎の制作があわせて語られるためです。作者名の幅を残して読む必要がある文化財。

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