日本橋茅場町とは
日本橋茅場町とは、東京都中央区にある町名で、読みは「かやばちょう」。今はオフィスビルや証券関連の会社が集まるビジネス街ですが、その名は江戸時代に屋根を葺く「茅(かや)」を商う人々が集まったことに由来します。すぐ隣には東京証券取引所のある兜町が広がっています。
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屋根の材料を商った「茅商人」の町
中央区の説明によると、江戸城を広げる工事のとき、神田橋付近にいた茅商人をこの地へ移して街を開いたことから、茅場町という名が生まれました。茅とは、ススキやチガヤといった屋根を葺くための草のこと。瓦が普及する前の江戸では、屋根材を扱う商人は欠かせない存在でした。
つまり茅場町は、もともと建築資材の集まる職人の町だったわけです。今のビジネス街の顔からはちょっと想像しにくいかもしれません。
証券の街としての今の茅場町
現在の茅場町は、隣の兜町とともに日本を代表する証券の街として知られています。兜町には東京証券取引所が建ち、茅場町には証券会社や金融機関のオフィスが集まります。平日は金融の仕事に携わる人たちが多く行き交う、活気のあるエリアです。
茅場町と兜町はセットで語られることが多いものの、あくまで隣り合う別々の町。証券取引所があるのは兜町の側だと覚えておくと、街歩きのときに混乱しないでしょう。
Topic証券街に「証券界の守り神」がいる理由
茅場町には、永田町の日枝神社の分社にあたる日本橋日枝神社が鎮座しています。天正18年(1590年)に徳川家康が江戸へ入ったとき、日枝神社の神輿をこの地に安置したのが始まりで、神輿が休む場所を「御旅所(おたびしょ)」と呼ぶことから「山王御旅所」とも称されました。東京証券取引所のほぼ向かいに建つことから、いつしか証券界の守り神として信仰を集めています。街の歴史と現在の顔が、神社を通じてつながっているのが面白いところです。
日本橋茅場町に関するよくある質問
- 茅場町に今も「茅」を扱うお店はありますか?
- 現在は屋根材の茅を商う面影はなく、町名にその記憶が残るだけです。瓦やビルが当たり前になった今では、名前からしか当時をしのべません。
- 隣の「兜町」という町名は何に由来しますか?
- 源義家が奥州征伐の帰りに鎧を埋めて神を祀ったという言い伝えが由来とされています。屋根材を商った茅場町の『茅商人』とはまったく別の成り立ちです。
