コンテンツへスキップ

山王御旅所門前とは

山王御旅所門前とは、山王祭の神輿が鎮座する御旅所の周りを表した旧地名です。読みは「さんのうおたびしょもんぜん」。現在の日本橋茅場町につながる、門前の名前です。

神輿を迎えた茅場町の御旅所

御旅所とは、祭礼で神輿が本社を出て渡御するとき、神輿が鎮座する場所を指します。現在の摂社日枝神社は寛永年間(1624〜1644年)に山王御旅所と定められたと、中央区は説明しています。御旅所内には別当寺の薬師堂が建てられ、神社と寺院が同じ境内で信仰を集める姿がありました。中央区のまちづくり資料によれば、かつての境内には天満宮や稲荷社、閻魔堂も並び、縁日や勧進相撲も行われていたといいます。

周辺の町とまとめられ、日本橋茅場町へ

中央区立図書館の町名変遷表では、慶応3年(1867年)の山王御旅所門前は、亀島町北島町・竹島町・南茅場町ひとつに括られて次の欄へ送られ、明治4年(1871年)6月の北島町・南茅場町へ再編されます。5つの町名をまとめて送る図なので、山王御旅所門前がどちらの町に入ったかまでは読み取れません。その後は茅場町を経て、現町名の日本橋茅場町へと続いていきました。町名は消えましたが、名前の由来である御旅所は、現在の摂社日枝神社としてこの一帯に残っています。

日本橋トピック♪「夕薬師」の日、門前には植木市が立った

なぜ、神輿が立ち寄る場所の名が町名として残ったのでしょうか?中央区の文化財の解説によると、御旅所内の薬師堂は「茅場町の夕薬師」と呼ばれ、毎月8日と12日の縁日には夕方から多くの人が参詣に訪れ、門前には盆栽や植木を商う市が立ち並んだといいます。「夕薬師 袖へ入日ハ うしろから」という句も残りました。門前という名が伝えているのは、祭りの日だけの場所ではなく、月に二度のにぎわいが続いた一帯。

山王御旅所門前に関するよくある質問

御旅所は、旅人が泊まる宿ですか?
いいえ。ここでいう御旅所は、祭礼の神輿を一時的にお迎えする場所です。旅館や宿場の名前ではありません。
「門前」とあるのは、永田町の日枝神社の門前という意味ですか?
違います。ここでいう門前は、日本橋側の御旅所(現在の摂社日枝神社)の前に開けた一帯です。本社の日枝神社は千代田区永田町にあり、摂社はその境外に祭られたお社にあたります。

あわせて読みたい記事