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北島町とは

北島町とは、江戸時代から昭和初期にかけて、現在の中央区日本橋茅場町二〜三丁目の一部にあった歴史地名です。

武家地と町人地が重なった町

北島町は、南茅場町の西半と山王御旅所の南側に位置していました。江戸初期の絵図では寺地でしたが、寺の移転後には北町奉行の与力組屋敷が置かれます。一方で町人地も混在しており、北島町は武家の屋敷と商いの場が近接する町でした。

中央区立図書館の町名変遷表では、北島町は茅場町へまとめられ、現在の日本橋茅場町へつながります。北島町という住所は残っていませんが、旧町域を知ると、茅場町の南側に八丁堀の与力・同心文化が広がっていたことが見えてくるでしょう。

日本橋トピック♪火災の記録に残る旧町名

中央区政年鑑によると、1885年に茅場町から出た火は北島町や亀島町などへ広がり、1,300戸を焼失しました。今の地図から消えた町名も、過去の被害範囲を読み解く手がかりになるでしょう。

北島町に関するよくある質問

喜多島町と北島町は別の町ですか?
別の町ではありません。『日本歴史地名大系』は、北島町が「喜多島町」とも記されたことを紹介しています。古地図や古文書で表記が違っても、同じ旧町を指す場合があります。
北島町の名は島の地形に由来するのですか?
町名の由来は確認できません。中央区立図書館の町名変遷表と『日本歴史地名大系』は表記、読み、旧町域を示していますが、「北島」という名の由来までは説明していません。地形から推測して断定しないほうが安全です。

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