コンテンツへスキップ

山王祭廿一番「竹生島龍神」とは

山王祭廿一番「竹生島龍神」とは、江戸の山王祭で通油町・新大坂町田所町が用いた龍神の山車です。読みは「さんのうまつりにじゅういちばんちくぶしまりゅうじん」。旧所有町は、現在の日本橋大伝馬町日本橋富沢町日本橋堀留町にまたがる町域です。

佐倉市肴町に残る山車人形と部材

人形は横山朝之の作。山車は明治12年(1879年)に千葉県佐倉市肴町へ委譲されました。日枝神社によると、現在は人形と上高欄、山車を構成した部材の一部が残っています。

日本橋トピック♪残るのは人形と部材の一部

竹生島龍神は、山車一式がそのまま現役で曳かれている例ではありません。一方で、人形・上高欄・山車部材の一部が佐倉に伝わり、江戸の山王祭日本橋の町々を知る手がかりになっています。

山王祭廿一番「竹生島龍神」に関するよくある質問

「竹生島龍神」と「竹生島」は同じ山車人形ですか?
日枝神社は「竹生島龍神」、佐倉市の文化財一覧は肴町の山車人形を「竹生島」と記載しています。日本橋時代の名称は、日枝神社の表記に基づく「竹生島龍神」です。
上高欄とは何ですか?
山車の上部を囲む欄干状の部材です。竹生島龍神では、人形と上高欄、山車部材の一部が佐倉に残ると日枝神社が説明しています。

あわせて読みたい記事