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日本橋富沢町とは

日本橋富沢町とは、東京都中央区にある町名で、読みは「とみざわちょう」。江戸時代には江戸有数の古着市場として栄え、今も繊維や衣料の問屋が集まる町です。その始まりには、ひとりの盗賊あがりの人物が関わっていたと伝えられています。

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「鳶沢町」から「富沢町」へ

中央区の説明によると、慶長の頃(1600年前後)、この土地は鳶沢甚内(とびさわじんない)という人物に与えられました。鳶沢は江戸の盗賊を取り締まる役目を命じられたといいます。はじめは彼の名から「鳶沢町」と呼ばれ、のちに縁起のよい字をあてて「富沢町」に改められたとされています。

江戸有数とうたわれた古着市場

江戸時代の富沢町といえば、なんといっても古着の市場。元禄の頃までには古着屋が集まる一大商業地になっていました。道にむしろを敷き、その上に古着を並べて売る市が立ったといいます。

当時の江戸は、布も着物も貴重で何度も仕立て直して着るリサイクル社会でした。富沢町はその中心地だったわけです。1832年の『江戸繁昌記』では、あの魚河岸に次ぐにぎわいと記されたほど。今は古着市こそ姿を消しましたが、繊維・衣料の問屋街として、布を扱う町の性格は受け継がれています。

Topic盗賊を取り締まったのは、元盗賊だった?

町名の由来になった鳶沢甚内は、もともと盗賊の側にいた人物だったと伝えられています。それが許されて、逆に江戸の盗賊を取り締まる役目を任されたというのです。盗む側の事情を知り尽くした者が取締りにあたる。そんな逆転の発想が、古着商の町・富沢町の出発点になったとされています。

日本橋富沢町に関するよくある質問

富沢町の古着市場は今も残っていますか?
江戸時代に栄えた古着の市は姿を消しました。今は繊維や既製服を扱う問屋が中心の町で、布を商う性格だけが受け継がれています。
富沢町の近くにはどんな町がありますか?
人形町や横山町、馬喰町など、日本橋の問屋街や下町情緒のある町が隣り合っています。歩いて回れる距離にまとまっています。

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