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用語 街・地名

西河岸橋とは

西河岸橋とは、東京都中央区を流れる日本橋川に架かる、中央区が管理する橋です。上流の一石橋と下流の日本橋のあいだにあり、北の日本橋室町と、南の八重洲側を結んでいます。いまの橋は関東大震災のあと、1925年(大正14年)に架けられたもの。橋の名と同じ「西河岸」は、江戸時代、南の岸にあった河岸(かし)の呼び名でした。

明治の弓形の鉄橋から、震災復興の橋へ

明治24年(1891年)6月、ここには長さ約51.6mの鉄橋が架けられました。弓に弦を張ったような形に三角形の骨組み(トラス)を組んだ、「ボーストリングトラス」を使った橋です。設計したのは、吾妻橋や江戸橋なども鉄橋にした土木工学者の原龍太です。明治26年(1893年)ごろ刊行の写真集『東京景色写真版』に収められた西河岸橋の写真にも、弓なりに反った鉄の骨組みが写っています。

いまの橋は1925年(大正14年)の完成です。関東大震災(1923年)のあと、帝都復興事業を進めていた内務省の復興局が架けました。土木学会の「歴史的鋼橋集覧」によると、長さ51.58m・幅11.0m(車道6.0mと、両側に2.5mずつの歩道)。川の中の橋脚2本で3つの区間に分けられ、中央の区間が約28.4m、両側が約11.2mずつです。形式はゲルバー桁(カンチレバー)と呼ばれるもので、橋脚から腕のように張り出した桁のあいだに、別の桁を渡しています。

中央区は2023年度(令和5年度)に、この橋の塗り替えやひび割れの補修を行いました。架けられて100年を超えた橋が、手入れを受けながら人と車を渡しています。

橋の名と同じ「西河岸」は板材の河岸

河岸(かし)とは、川岸のうち、とくに舟から荷を揚げ降ろしする場所のこと。江戸時代、日本橋から一石橋までの南の岸には、東西に細長い西河岸町がありました。町名は日本橋の西にあることに由来し、町の北側、つまり川沿いはすべて「西河岸」と呼ばれる河岸地で、土蔵が並んでいたといいます。

その西河岸には、ヒノキやサワラなどから作り、江戸時代には屋根の板に使われた板材「榑木(くれき)」を扱う店が多く、「榑木河岸」とも呼ばれました。日本橋川の河岸といえば魚河岸が有名ですが、魚河岸があったのは日本橋の北側、本船町や本小田原町のあたり。橋の名に残る西河岸は、南の岸にあった板材の河岸だったのです。

日本橋トピック♪いまの橋の桁をつくったのは、造船所?

いまの西河岸橋の鋼の桁を製作したのは、土木学会の「歴史的鋼橋集覧」によると、社名に「造船所」とある浅野造船所でした。桁の造りも一様ではありません。外側の桁(外桁)は鋼板を組んだ板状の桁なのに対し、その内側に並ぶ桁(内桁)は、三角形を組み合わせたトラスの骨組み。ひとつの橋の中に、造りの違う2種類の桁が並んでいるのです。

西河岸橋に関するよくある質問

西河岸橋は文化財に指定されていますか?
中央区の橋梁長寿命化修繕計画(令和6年度改定版)では、区民有形文化財の橋は南高橋・豊海橋・柳橋の3橋で、西河岸橋は入っていません。西河岸橋は、高欄や舗装などの意匠に配慮した「景観整備対象橋りょう」のひとつに分類されています。
西河岸橋と日本橋は、管理しているところが同じですか?
違います。中央区の「区内の橋梁」一覧では、西河岸橋の管理者は中央区、すぐ下流の日本橋の管理者は国土交通省と示されています。
西河岸橋は大阪の日本橋にある橋ですか?
いいえ。西河岸橋は東京都中央区の日本橋(にほんばし)エリアにある橋で、大阪の日本橋(にっぽんばし)とは別の場所です。

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