日本橋二丁目遺跡とは
日本橋二丁目遺跡とは、東京都中央区日本橋2丁目7番で、駐車場建設に伴って調査された近世から近代の遺跡です。発掘では、江戸初期の入堀から屋敷、町屋へ移る土地利用が確認され、日本橋の一街区に重なる歴史を伝えています。
地中に残った約300年の土地利用
何が見つかったのでしょうか。調査は1999年11月から2000年2月まで、約800平方メートルで行われました。17世紀中葉から19世紀後葉までの生活面10面から、建物や道路、木製の下水樋、護岸、穴蔵などを確認。陶磁器だけでなく、木製品や金属製品、植物の痕跡も記録されています。
「遺跡」は現地に建物が残る見学施設の名前ではありません。中央区が示す周知の埋蔵文化財包蔵地に関わる名称で、現在の街並みの下に残った過去を発掘記録から読み解く対象と考えると分かりやすいでしょう。
町屋だった時代は宝永七年の通二丁目沽券図写から、現在の街の変化は日本橋二丁目地区第一種市街地再開発事業や日本橋二丁目地下駐輪場からたどれます。発掘記録と前後の時代をつなぐと、一街区の歴史が立体的に見えてきます。
日本橋トピック♪町屋の前は入堀だった
調査地点は、江戸初期には船などが入る入堀でした。その後、幕府に医師として仕えた久志本式部の屋敷となり、徐々に通二丁目の町屋へ変化します。同じ土地の使われ方が時代とともに変わる様子を、地層と遺構から読み取れるでしょう。
関連用語
日本橋二丁目遺跡に関するよくある質問
- 久志本式部の屋敷跡はどう特定されましたか?
- 出土遺物に加え、文献や絵図の情報を照合して、幕府の御典医だった久志本式部の屋敷跡と確認されました。
- 日本橋二丁目遺跡は現地で見学できますか?
- 現地に遺構を露出展示する見学施設として案内されている場所ではありません。現在の街並みの下にある遺跡を、発掘調査報告から知ることができます。

