コンテンツへスキップ

日本橋二丁目地区第一種市街地再開発事業とは

日本橋二丁目地区第一種市街地再開発事業とは、日本橋高島屋を中心に、周辺の街区を一体で建て替えた再開発です。重要文化財の高島屋本館を残しながら新しいビルを加え、2018年(平成30年)を中心に商業施設「日本橋髙島屋S.C.」が誕生しました。三井不動産や髙島屋などでつくる再開発組合が手がけた事業です。

名建築を「核」に残した再開発

この再開発の大きな特徴は、1933年(昭和8年)建設の高島屋本館をこわさずに残した点にあります。本館は、百貨店の建物としては初めて国の重要文化財に指定された名建築です(2009年・髙島屋公式)。

古い建物を守りつつ、隣に新しい棟を増やす。そんな考え方で街区が組み直されました。重要文化財の本館に加え、新館にあたる日本橋髙島屋三井ビルディングや太陽生命日本橋ビルが整い、これらを路面の店舗でつないで一体の商業空間にしています。

「S.C.」って何のこと?

「S.C.」とは何の略か、ご存じでしょうか。ショッピングセンターの略です。老舗百貨店の本館を中心に、新館や専門店街がぐるりとつながり、街区まるごとが一つの大きな買い物空間になりました。歴史ある高島屋の風格はそのままに、楽しめる店の幅がぐっと広がったわけです。

なお、土地の権利をまとめて建て替えるこの「第一種市街地再開発事業」という手法は、室町など日本橋の各地でも使われてきました。バラバラの敷地を一体で描き直せるのが強みで、歴史の街・日本橋を少しずつ新しくしてきました。

日本橋トピック♪組合員に山本山、勉強会から着工まで9年

この再開発を施行したのは、土地や建物の権利を持つ人たちでつくる日本橋二丁目地区市街地再開発組合です。三井不動産などが2017年に出した発表によると、組合員には髙島屋、三井不動産、太陽生命保険といった企業と並んで、お茶と海苔の老舗・山本山や、個人の地権者10名も名を連ねていました。始まりは2005年3月の勉強会。まちづくり協議会の設立(2005年11月)、準備組合の設立(2008年4月)、都市計画決定(2011年12月)、組合設立の認可(2013年4月)を経て、解体工事に着手したのは2014年4月です。約2.6haの一帯を建て直すのに、2005年の勉強会から解体工事の着手まで9年余りかかったことになります。

日本橋二丁目地区第一種市街地再開発事業に関するよくある質問

再開発で、重要文化財の高島屋はどうなったのですか?
本館はこわされず、そのまま保存・活用されました。古い名建築を核に残し、周りに新しい棟を加える形で街区を建て替えたのが、この再開発の特徴です。
日本橋髙島屋S.C.と高島屋百貨店は別物ですか?
別物ではありません。老舗の高島屋(本館)を中心に、新館や専門店街を一体化したものが日本橋髙島屋S.C.です。百貨店を含む、より大きな商業空間の呼び名と考えると分かりやすいです。

あわせて読みたい記事