宝永七年の通二丁目沽券図写とは

宝永七年の通二丁目沽券図写とは、宝永7年(1710年)頃の日本橋の町屋敷を描いた、中央区の区民有形文化財です。土地の区画や持ち主、価格にあたる情報を記した沽券図の写しで、江戸の商業地を土地台帳のように読める資料です。

大通り沿いの町を写した古文書

中央区の文化財情報では、種別は区民有形文化財の古文書、所在地は日本橋二丁目1番10号の柳屋ビルディング、員数は1舗。登録日は2003年4月1日です。

資料が扱うのは、日本橋二丁目1・2・5から7番にあたるとされる範囲。街道の起点である日本橋に近く、中央通りの前身にあたる大通り沿いだったため、江戸の商業地としての力が強い場所でした。

沽券図には、地主や家守、坪数、沽券金などが書き込まれます。現代の地図のように道だけを見る資料ではなく、誰がどの土地を持ち、どれほどの価値で扱われていたかまで読める点が特徴です。

日本橋トピック♪江戸の日本橋は、土地の値段からもにぎわいが分かる

中央区の解説では、地割ごとの小間高として180両から320両といった高額な数値が読み取れるとされています。これは今の不動産価格と直接比べるものではありませんが、日本橋周辺が商業の中心地として重みを持っていたことを、数字で感じられるポイントでしょう。

宝永七年の通二丁目沽券図写に関するよくある質問

沽券図とはどんな資料ですか?
町屋敷の区画、持ち主、管理者、坪数、価格にあたる情報などを書いた資料です。江戸の土地を、地図と台帳を重ねたように読む手がかりになります。
現在の土地価格を知る資料ですか?
現在の価格を知る資料ではありません。江戸期の町屋敷がどのように区切られ、どのような価値で扱われたかを読むための歴史資料です。

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