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村田春道とは

村田春道とは、江戸日本橋で干鰯問屋などを営みながら、賀茂真淵を支え、自らも国学と和歌を学んだ商人です。町奉行所の与力だった加藤枝直とともに、真淵の江戸での活動を生活面から支えました。

日本橋の商いから広がった学びの輪

春道は商人であると同時に、歌人・国学の学び手でもありました。子の村田春郷と村田春海も真淵に教えを受け、春海は後に加藤千蔭と並ぶ国学者として名を残しています。商人と役人が師を支え、その子世代へ学問が受け継がれた関係から、江戸の日本橋が商業だけでなく知識の交流にも関わったことが見えてくるでしょう。真淵の晩年の足跡は、日本橋浜町賀茂真淵県居の跡へとつながっていくでしょう。

日本橋トピック♪賀茂真淵は春道の家で暮らした?

賀茂真淵翁遺徳顕彰会の年表には、元文3年(1738年)6月に真淵が春道の家へ寓居したとあります。春道の支援は資金だけではなく、江戸で学問を続ける住まいにも及んでいました。

村田春道に関するよくある質問

村田春道は賀茂真淵の弟子ですか?
春道は真淵を生活面で支えた後援者であるとともに、自らも国学と和歌を学んだ人物です。1738年には真淵が春道の家に寓居しています。
村田春道と村田春海はどのような関係ですか?
親子です。春海は春道の子として日本橋の干鰯問屋の家に生まれ、幼いころから賀茂真淵に学びました。

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