加藤千蔭とは
加藤千蔭とは、江戸町奉行所の与力を務めた後、和歌と国学の研究に力を注いだ賀茂真淵門下の国学者・歌人です。父の加藤枝直も真淵を支えた門人で、千蔭は幼いころからその教えを受けました。
役人から江戸派の中心へ
千蔭は父の跡を継いで町奉行所与力となり、天明8年(1788年)に退職して学問と和歌に専念しました。村田春海とともに真淵門下の江戸派を率い、長年の研究を全32巻の『万葉集略解』にまとめています。幕府の実務と古典研究を行き来した人物といえるでしょう。師が晩年を過ごした日本橋浜町には、賀茂真淵県居の跡が残ります。
日本橋トピック♪「千蔭流」は書の名前でもある?
千蔭は「橘千蔭」とも名乗り、国学者・歌人だけでなく書家としても知られました。慶應義塾の作品解説では、独自の書風が「千蔭流」と呼ばれたと紹介されています。その名を、研究書だけでなく文字の姿からもたどれるでしょう。
関連用語
加藤千蔭に関するよくある質問
- 加藤千蔭と橘千蔭は同じ人物ですか?
- 同じ人物です。もとの姓は加藤で、橘千蔭とも名乗りました。書家として独自の書風を築き、「千蔭流」と呼ばれています。
- 加藤千蔭の『うけらが花』とは何ですか?
- 千蔭が詠んだ和歌を集めた家集です。国学の注釈書『万葉集略解』と並ぶ、千蔭の代表的な著作として知られています。

