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加藤枝直とは

加藤枝直とは、江戸町奉行所の与力を務めながら、賀茂真淵を学問と生活の両面で支えた国学者・歌人です。日本橋の商人だった村田春道とともに真淵を援助し、自らもその教えを受けました。

町奉行所の仕事と古典の学び

枝直は大岡忠相の下で与力を務めた幕府の役人でした。与力の仕事を続ける一方で和歌と国学を学び、子の加藤千蔭も幼いころから真淵の指導を受けています。役人、商人、学者が立場を越えて結びついたことは、真淵の学問が江戸で根づく土台になったといえるでしょう。日本橋浜町賀茂真淵県居の跡からは、その後の真淵の活動をたどれるでしょう。

日本橋トピック♪住まいと読書会の場まで用意した?

賀茂真淵翁遺徳顕彰会の年表によると、寛保2年(1742年)ごろ、真淵は北八丁堀にある枝直の地所を借りて暮らし始めました。同年9月には枝直らと古代の法令書を読む会も始まり、暮らしの支援が学問の場へつながっていたことが分かります。

加藤枝直に関するよくある質問

加藤枝直と加藤千蔭はどのような関係ですか?
親子です。千蔭は枝直の三男で、父の影響を受けて幼いころから賀茂真淵に学び、後に江戸を代表する国学者・歌人になりました。
加藤枝直は賀茂真淵をどのように支えましたか?
生活を援助し、自分の地所を貸しました。真淵は1742年ごろ、北八丁堀にある枝直の地所へ一家を構え、同年9月からは枝直、青木昆陽とともに古代の法令書を読む会を始めています。

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