榮太樓總本鋪とは

榮太樓總本鋪とは、東京都中央区日本橋に本店を構える和菓子の老舗です。梅ぼ志飴名代金鍔といった江戸由来の菓子で知られ、創業から200年あまり、日本橋のたもとで暖簾を守り続けています。

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日本橋で200年、屋号は三代目の幼名から

始まりは文政元年(1818年)。細田徳兵衛が孫を連れて江戸へ出て、和菓子商「井筒屋」を開いたのが起こりとされています。今の「榮太樓」の名がついたのは、もう少しあとのことです。

安政四年(1857年)、三代目の細田安兵衛が日本橋の西河岸に店を構えました。このとき自分の幼名「栄太郎」にちなんで屋号を「榮太樓」と改めたのが、現在まで続く店名の由来です。創業年は江戸へ出てきた1818年を指しますが、日本橋のこの場所に「榮太樓」として根を下ろしたのは1857年。長い歴史の中で店も建て替わってきたので、いま建つ店舗がそのまま江戸の建物というわけではありません。

看板の菓子、梅ぼ志飴と金鍔

榮太樓を代表する菓子のひとつが梅ぼ志飴(うめぼしあめ)です。名前に「梅」とありますが、梅干しは入っていません赤く色づけした三角の飴の見た目が、しわのある梅干しに似ていると、江戸の人々が見立てて名付けたものとされています。

もうひとつの名物が名代金鍔(きんつば)。江戸の金鍔は四角ではなく丸い形で、南蛮渡来の有平糖(あるへいとう)の技を取り入れて作られてきました。ほかにも榮太樓飴や甘名納糖など、江戸の口に合わせた菓子が並びます。

日本橋を歩くなら立ち寄りたい

本店は中央区日本橋1丁目にありますが、日本橋一丁目地区の再開発にともない、2026年3月末で従来の店舗を一時閉店し、4月15日からは近くの仮店舗(日本橋1-2-8)で営業しています(新ビルの完成は2032年ごろの予定)。仮店舗は売り場の都合で和菓子の物販が中心です。江戸の味を今に伝える定番として、日本橋らしい一軒といえるでしょう。最新の場所や営業内容、喫茶の再開状況は、訪れる前に公式サイトで確かめておくと安心です。

Topic梅ぼ志飴に、梅は入っていない?

「梅ぼ志飴」という名前を聞くと、梅干し味の飴を思い浮かべるかもしれません。けれど梅は使われていません。赤くて小さな三角の飴の形が、しわの寄った梅干しにそっくりだと、江戸の商人たちが見立てて付けた名前だとされています。さらに明治から大正にかけては、関西の芸妓や舞妓が紅をのせる前の下地としてこの飴を唇に塗り、つやを出したという話も伝わります。見た目から名がつき、使い方まで広がった、江戸生まれの飴らしい逸話です。

榮太樓總本鋪に関するよくある質問

手みやげに榮太樓の菓子を選ぶなら、どんな品がありますか?
日持ちのする飴菓子の梅ぼ志飴や榮太樓飴、甘納豆に近い甘名納糖のほか、金鍔や季節の生菓子もそろいます。渡す相手や用途に合わせて選べます。
榮太樓と、日本橋の山本山や山本海苔店は同じ系列ですか?
いずれも日本橋の老舗ですが、それぞれ別の会社です。榮太樓は和菓子、山本山はお茶と海苔、山本海苔店は海苔を扱う、由来の異なる店です。

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