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水天宮とは

水天宮とは、東京都中央区日本橋蛎殻町にある、安産・子授けの神さまとして親しまれてきた神社です。妊娠中の方が「戌の日」に安産祈願へ訪れる社として広く知られ、もとは福岡県久留米市の久留米水天宮から分かれた分社にあたります。日本橋七福神では、境内にまつられた寳生辨財天が弁財天を担う社でもあります。

水天宮の由緒・ご神徳・境内の構成を整理した概念図
目次

水天宮の歴史と、まつられている神さま

水天宮の始まりは、江戸時代後期の文政元年(1818年)。久留米藩の九代藩主だった有馬頼徳が、領地の久留米水天宮の分霊を、三田にあった藩邸の中へまつったのが起こりとされています。その後、明治5年(1872年)に今の日本橋蛎殻町へと遷座しました。江戸での鎮座から数えて、2018年(平成30年)には200年の節目を迎えています。

ご祭神は、宇宙の中心の神とされる天御中主大神のほか、幼くして亡くなった安徳天皇など、平家にゆかりの深い神々です。水の災いをしずめる水難除けの信仰も古くからあり、「水天宮」の名はここに由来します。安産・子授けに加え、子どもの成長を願う初宮詣や七五三でも多くの家族が訪れる社になりました。

総本宮や弁財天との違いを整理する

お参りの前に押さえておきたいのが、「どの水天宮か」という点。全国にある水天宮の総本宮は、福岡県久留米市の久留米水天宮です。日本橋の水天宮は、その分霊をまつった社にあたります。同じ名前でも本宮は久留米、こちらは東京、と覚えておくと混同しないでしょう。

もう一つ、日本橋七福神での役割にも補助線を引いておきます。七福神めぐりで水天宮が担うのは弁財天ですが、これは本社のご祭神ではなく、境内にまつられた寳生辨財天を指します。安産の水天宮と、芸事や財運の弁財天は別のご神徳、と分けて考えると分かりやすいはずです。弁財天は日本橋七福神のなかで2社にあり、もう一社が金運で知られる小網神社にあたります。

訪れ方と、境内の見どころ

水天宮へは、東京メトロ半蔵門線の水天宮前駅からすぐ。階段を上った先に社殿が建っています。安産祈願で名高い戌の日は特に混み合うため、ゆっくりお参りしたい方は平日や戌の日以外を選ぶのがおすすめ。境内には子授けを願う子宝いぬの像があり、そっとなでて祈る人の姿も見られます。弁財天をまつる寳生辨財天もあり、芸事や財運を願って手を合わせる参拝者も少なくありません。最寄り駅の「水天宮前」という名も、この社にちなんで付けられたものです。周辺には人形町の落ち着いた町並みが広がっており、日本橋七福神めぐりの折にあわせて立ち寄るのもよいでしょう。

今の社殿は2016年(平成28年)に建て替えられたもので、参道や回廊をふくむ境内全体に免震構造が取り入れられています。地震のときに参拝者を守るための備えであり、古くからの信仰を現代の技術で支える社といえるでしょう。再建されたとはいえ、江戸から続く安産の祈りはとぎれることなく受け継がれてきました。ビルの間にありながら、境内には街なかとは思えない静けさが漂います。

Topic「情け有馬の水天宮」ってどういう意味?

水天宮には、「情け有馬の水天宮」という古い言葉が伝わります。これは地口、今でいう語呂合わせのことです。江戸時代、水天宮は久留米藩の有馬家の屋敷の中にあり、本来は気軽にお参りできませんでした。それでも毎月5日には門が開かれ、ご利益を求める江戸の人々が押し寄せたといいます。その人気ぶりと、藩主の名字「有馬」、そして「情け有り」を重ねて、洒落のきいたこの言葉が生まれたとされています。神社の評判が言葉遊びになって今に残っているのは、面白いところでしょう。

水天宮に関するよくある質問

水天宮の安産祈願に予約は必要ですか?
祈祷の予約は受け付けておらず、当日の受付となります。安産祈願で名高い戌の日や土日祝は特に混み合うため、時間に余裕をもって参拝するとよいでしょう。
なぜ「戌の日」に安産祈願をするのですか?
犬は一度にたくさんの子を産み、お産が軽いことにあやかった風習とされています。そのため戌の日の水天宮は、安産を願う妊婦さんで賑わいます。
水天宮と小網神社は同じ弁財天ですが、何が違いますか?
日本橋七福神では弁財天が2社にあります。水天宮は境内の寳生辨財天、小網神社は銭洗いで知られる萬福舟乗辨財天で、安産の水天宮、金運の小網とご利益の色合いが異なります。

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