兜神社とは
兜神社とは、東京都中央区日本橋兜町にある神社で、すぐ隣に建つ東京証券取引所の鎮守として知られます。境内の「兜岩(かぶといわ)」が「兜町」という町名の由来とされ、源義家ら武将の伝説が伝わります。日本の株式市場を見守る、ちょっと珍しい立地のお社です。
証券取引所の鎮守として生まれた神社
兜神社が今の形で建てられたのは、意外と新しく明治11年(1878年)のこと。日本で株式の取引を始めた東京株式取引所(今の東京証券取引所の前身)が、関係者みんなの心のよりどころ、そして街の守り神として造営しました。お祀りしているのは倉稲魂命(うかのみたまのみこと)という稲荷の神さまで、あわせて大黒さま(大国主命)と恵比寿さま(事代主命)も商売の神として祀られています。
人形町に集まる日本橋七福神とは別系統で、こちらは証券街の鎮守という性格の社。そのため、相場の安全や商売繁盛を願って証券会社で働く人々が手を合わせます。今の社殿は、昭和46年(1971年)に首都高速道路の建設にともなって建て直されたものです。
「兜町」の地名と、対岸の鎧橋
この一帯が「兜町」と呼ばれるのは、兜神社の境内にある兜岩にちなみます。そして面白いのが、すぐ近くを流れる日本橋川に「鎧橋」が架かっていること。橋の名は、かつてあった渡し舟「鎧の渡し」に由来します。鎧(よろい)と兜(かぶと)という一組の武具の名が、川をはさんで地名として残っているのは、この界隈ならではの面白さでしょう。あわせて歩いてみると、土地の物語がつながって見えてきます。
Topic「兜岩」に残る、武将たちの伝説
町名の由来になった兜岩には、なぜ「兜」の名が付いたのか。これにはいくつもの言い伝えがあり、一つには定まっていません。よく語られるのは、平安時代の武将源義家が東国へ向かう戦の折、この岩に兜をかけて勝利を祈ったという話。凱旋の帰り道に記念として兜を埋めたという説もあります。さらに、平将門を討ち取った藤原秀郷が、将門の兜をこの地に埋めて供養したという伝説も伝わるのです。いずれも史実と確かめられたものではなく、諸説あるという前提で楽しみたい、土地に染み込んだ物語といえます。
兜神社に関するよくある質問
- 兜神社は日本橋七福神の一社ですか?
- いいえ。日本橋七福神は人形町周辺の神社で構成され、兜神社は含まれません。兜神社は東京証券取引所とともに生まれた証券街の鎮守という性格の社です。
- 兜神社と鎧橋は関係がありますか?
- 直接の主従関係はありませんが、鎧と兜という一組の武具の名が日本橋川をはさんで地名・橋名として残っています。鎧の渡し付近の社が兜神社の成り立ちにつながったとも言われます。
- 兜神社で御朱印はもらえますか?
- 兜神社には常駐の社務所がなく、御朱印は近くの日本橋日枝神社で授与されています。お参りの際はあわせて立ち寄るとよいでしょう。
