埋桝及び木樋とは

埋桝及び木樋とは、日本橋北詰付近で出土した、江戸時代の上水道に関わる区民有形文化財考古資料です。中央区公式は、4点の資料として登録し、給水のため地下に埋められた木樋と、水を分ける埋桝の構造を紹介しています。

地下にあった江戸の水道部品

木樋は、給水のために地下へ埋めた木の管のこと。埋桝は、その管が曲がったり分かれたりする場所に置かれた装置です。中央区公式によると、昭和50年(1975年)の地下鉄半蔵門線建設工事中に、室町一丁目交差点付近の地下約2メートルでの発見でした。

資料は新富一丁目13番14号の郷土資料館に所在し、平成4年(1992年)4月1日に登録されています。日本橋の橋上だけでなく、地下にも暮らしを支えた仕組みがあったと考えると、周辺の見え方が少し変わるでしょう。

日本橋トピック♪日本橋北詰の地下約2メートルに残っていたもの

中央区公式は、埋桝の各面に木樋が接続し、北の駿河町方面から来た水を江戸橋方面や日本橋魚市場方面へ分けていたと説明しています。街の表面では見えない江戸の水の通り道を、出土資料から想像できるのがこの用語の魅力です。

埋桝及び木樋に関するよくある質問

出土場所と現在の所在地が違うのはなぜですか?
出土したのは日本橋北詰付近ですが、文化財資料としての所在地は中央区立郷土資料館です。街歩きで出土地点を考える場合と、資料として確認する場合を分けて読むと混乱しにくくなります。
読み方でつまずきやすい点はありますか?
埋桝は「うめます」、木樋は「もくひ」と読みます。漢字だけを見ると設備名として想像しにくいため、江戸時代の地下水道に関わる部材名として押さえると理解しやすいでしょう。

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