東都大伝馬街繁栄之図とは
東都大伝馬街繁栄之図とは、歌川広重(初代)が大伝馬町の木綿問屋街を描いた大判錦絵三枚続です。読みは「とうとおおでんまがいはんえいのず」。天保14年(1843年)から弘化4年(1847年)に刊行され、暖簾の続く通りと商いの動きを広い画面に収めています。
三枚でひと続きの問屋街を見せる
通りの両側には、藍色の暖簾を掛けた問屋が奥まで並びます。その間を行き交うのは、包みや箱を運ぶ人、荷車、着物姿の男女。三枚の版画を横につなぐことで、建物の連なりと人や荷物の流れを、一度に見渡せる構図にしています。
日本橋トピック♪働く人の多くは伊勢から来ていた
三重県総合博物館は、大伝馬町の木綿問屋街に多くの伊勢商人が店を構え、奉公人のほとんどが伊勢国の出身だったと解説しています。同館によれば、幕府から許された銅の瓦を用いた立派な町並みのなかに、木綿荷物を運ぶ様子や奉公人の姿が生き生きと表されているとのこと。荷を担ぐ人の多くは、はるばる伊勢から出てきた若者だったのでしょう。
東都大伝馬街繁栄之図に関するよくある質問
- 東都大伝馬街繁栄之図は、なぜ3枚の錦絵で作られているのですか?
- 問屋が両側に続く通りと、人や荷物の動きを広く見せる構図です。3枚を横につなぐと、通り全体を見渡せます。
- 東都大伝馬街繁栄之図と名所江戸百景 大てんま町木綿店の違いは何ですか?
- 東都大伝馬街繁栄之図は1843〜1847年刊の三枚続で問屋街全体を描きます。大てんま町木綿店は1858年刊の縦長の一図で、店先を近くから見せます。

