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通二丁目新道とは

通二丁目新道とは、江戸の日本橋にあった歴史地名です。読みは「とおりにちょうめじんみち」。現在の日本橋二丁目に関わりますが、今の正式な町名や道路名ではありません

大火後に開かれた道

日本橋二丁目遺跡の調査報告によると、この地は幕府医師・久志本式部家の屋敷地でした。明暦3年(1657年)の大火後、敷地内に江戸の日本橋を貫く大通りへ抜ける道が設けられ、以後通二丁目新道として知られたと考察されています。

中央区立図書館の町名変遷図では、慶応3年(1867年)の通二丁目新道は、明治4年(1871年)6月に通一丁目や通二丁目などと一つの「通」へまとまります。この町名再編が、現在の区域へ続く流れです。

周辺の町屋敷を記録した関連資料が、宝永7年(1710年)頃の「宝永七年の通二丁目沽券図写」。中央区は、現在の日本橋二丁目1・2・5から7番にあたる範囲を扱う古文書と解説しています。

日本橋トピック♪地下に残っていた町の履歴

現在の日本橋二丁目7番で行われた発掘調査について、中央区教育委員会担当者の報告は10面の生活面と314基の遺構を確認したとしています。屋敷割を反映する下水木樋も見つかり、町の変化が地下に層として残っていました。同じ日本橋二丁目7番の現在の目印が、東京日本橋タワーです。

通二丁目新道に関するよくある質問

通一丁目新道と通二丁目新道は同じ地名ですか?
別の地名です。中央区立図書館の変遷図は両者を個別に記録していますが、明治4年6月にはどちらも「通」の系統にまとまります。

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