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株式会社東京米穀商品取引所跡とは

株式会社東京米穀商品取引所跡とは、米穀などの取引を担った東京米穀商品取引所の旧地を伝える、日本橋蛎殻町の旧跡です。中央区の文化財マップは、日本橋蛎殻町1-12-4を案内地点として掲載しています。

中外商行会社から取引所へ

農林水産省の資料では、1874年にこの場所で中外商行会社が米の先物取引を始め、1883年に東京米商会所、1893年に東京米穀取引所へ発展しました。1908年には東京商品取引所と合併し、東京米穀商品取引所となります。戦時統制のもとで1939年に全国の米穀取引所が廃止され、同所は1940年に解散しました。この変遷から、蛎殻町が長く米取引の街だったことを読み取れるでしょう。

日本橋トピック♪米取引の前は西郷隆盛の屋敷跡

農林水産省の資料は、中外商行会社が設けられた場所を西郷隆盛の屋敷跡と説明しています。一つの街角から、武家地が近代的な商品取引の拠点へ変わった東京の歩みが見えてくるでしょう。

株式会社東京米穀商品取引所跡に関するよくある質問

戦後の東京穀物商品取引所と同じ組織ですか?
同じ組織ではありません。戦前の東京米穀商品取引所は1940年に解散し、戦後の東京穀物商品取引所は1952年に開所しました。
東京米穀商品取引所はコメだけを扱ったのですか?
コメだけではありません。1908年の合併後は、コメ以外の農産物なども扱う総合商品取引所として活動しました。

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