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伝馬制度とは

伝馬制度とは、公用の書状や荷物を、宿場ごとに人や馬を替えて継ぎ送った交通・通信の仕組みです。読みは「てんませいど」。江戸・日本橋を起点とする五街道を支え、近代郵便が生まれる前の情報網としても働きました。

宿場ごとに人馬を替えるリレー方式

徳川家康は慶長6年(1601年)、東海道に宿駅伝馬制度を整えました。出発地から同じ人や馬が最後まで運ぶのではなく、各宿場が次の宿場までを受け持つリレー方式です。宿場には人馬の常備が義務づけられ、幕府の書状、役人や大名の荷物などを継ぎ送りました。国土交通省が「伝馬制」や「宿駅伝馬制度」と表記するのも、この仕組みを指します。

江戸の交通網から近代郵便へ

伝馬制度と飛脚は、同じものなのでしょうか。伝馬制度は宿場が人馬を用意する制度で、継飛脚はその街道網を使って公用文書を運ぶ担い手でした。道と人馬を用意したのが伝馬制度、その上を走ったのが継飛脚。明治政府は旧来の宿駅網を利用し、1871年に東京・京都・大阪と東海道62か所の取扱所で新式郵便を開始します。前島密らが構想した新式郵便の東京側拠点は、のちの日本橋郵便局へとつながります。取扱所は伝馬所の一隅で業務を始めましたが、1872年には宿駅制度が廃止され、郵便輸送は馬車・蒸気船・鉄道などへ移っていきました。

日本橋トピック♪朱印状がなければ公用の馬は出なかった

1601年に東海道の各宿へ出された伝馬朱印状は、朱印状を持たない者には公用の伝馬を出さないよう定めていました。伝馬は旅人なら誰でも自由に使える馬ではなく、幕府の公用輸送を支えるための仕組みだったのです。宿場のにぎわいだけでは見えにくい、制度本来の役割が分かります。

伝馬制度に関するよくある質問

伝馬制度はどのように荷物を運んだのですか?
同じ人や馬が目的地まで通して運ぶのではなく、宿場ごとに人馬を交替し、次の宿場へ継ぎ送るリレー方式でした。
人馬を用意した宿場には見返りがありましたか?
宿場の人々は、人馬を用意する負担の代わりに屋敷地の年貢免除を受け、旅人の宿泊や荷物運送から収入を得られました。

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