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用語 街・地名

外堀通りとは

外堀通りとは、江戸城(現在の皇居)の外堀(外濠)の跡に沿って、東京都心をぐるりとめぐる環状の大通りです。日本橋エリアでは八重洲から呉服橋、常盤橋のあたりを通り、ビジネス街の骨格をなす幹線のひとつになっています。

正式名称:東京都道405号外濠環状線(通称が「外堀通り」)

江戸城をひと巻きした「外堀」の名残

外堀とは、江戸城の外郭に巡らされた堀のこと。城の中心部や武家地だけでなく、町人地などの城下町まで取り込んだ、延長約14kmの長大な堀でした。今でいえば、城と城下町の外周をまもる水のバリアのような存在です。外堀通りは、その堀にほぼ沿って走る道です。

外堀の大部分は、戦後の復興や、1964年(昭和39年)の東京オリンピックに向けた首都高速道路の建設にともなって埋め立てられ、中央区の側では水面がすっかり姿を消しました。それでも道筋には、かつて堀が流れていたころの地形や地名が、今も静かに残っています。

「内堀」との違いと、通る範囲

よく似た名前に内堀通りがありますが、内堀は皇居のすぐ周りの堀、外堀はその外側を大きく囲んでいた堀を指します。同じ「堀」でも、城の中心からの距離がまるで違うのですね。

「どこからどこまでの道か」は、東京都が定めた通称道路名の一覧で示されています。外堀通りの起点・終点は、どちらも中央区八重洲二丁目。つまり東京駅の八重洲側を出発して都心をひと回りし、また八重洲へ戻ってくる環状の道ということです。一周して同じ場所に帰ってくるので、「AからBまで」の形では言い表せない通りなのですね。

日本橋エリアにあたるのは、東京駅の八重洲側から呉服橋、常盤橋へと向かうあたり。中央通りなど他の大通りと交差しながら、街をつないでいます。

日本橋トピック♪外堀は、道の真下ではなく西どなりにあった

「外堀の跡の道」と聞くと、堀を埋めた上をそのまま車が走っているように思えます。中央区の解説によると、区内を日本橋本石町から八重洲・銀座方面へ通る外堀通りは、昭和期の埋め立てまで外堀にほぼ沿って走っていた道で、堀そのものはおおむね外堀通りの西側にありました。通りは堀の上ではなく、堀のとなりを通っていたのです。

外堀通りに関するよくある質問

外堀通りの「外堀」の水は今も見られますか?
日本橋・中央区側の外堀は戦後に埋め立てられ、水面は残っていません。一方、牛込見附から赤坂見附にかけての江戸城西方の堀・石垣・土手などは、国の史跡「江戸城外堀跡」として残されています。
外堀通り沿いの「呉服橋」に橋はありますか?
今はありません。江戸時代には外濠に面して呉服橋門があり、外堀に呉服橋が架かっていましたが、戦後に濠が埋められて橋は姿を消しました。いまは交差点などの名に残っています。

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