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用語 街・地名

新葭町とは

新葭町とは、江戸時代の日本橋にあり、現在の日本橋小網町付近にあたる旧町名です。読みは「しんよしちょう」。東堀留川を挟んで、堀江町と親父橋で結ばれていました。

親父橋で結ばれた東堀留川の両岸

中央区立図書館の資料によると、東堀留川には、堀江町から新葭町へ渡る親父橋が架かっていました。橋名はのちに「親慈橋」と表記され、明治44年(1911)や関東大震災後にも架け替えられています。

新葭町は震災後の区画整理で小網町に組み込まれ、現在の町名は日本橋小網町です。東堀留川は戦後に埋め立てられ、橋も撤去されました。町名も川も橋も、現在は残っていません。それでも町名と橋の記録が、かつての水辺の景観を伝えているのです。

日本橋トピック♪なぜ「親父橋」と呼ばれた?

中央区立図書館の資料は、吉原の名主・庄司甚右衛門が遊郭を開く際に橋を架け、仲間内で「親父」と呼ばれていたことが橋名につながった、という伝承を紹介しています。確定した由来ではないものの、人と橋を結ぶ地域の記憶といえるでしょう。

新葭町に関するよくある質問

新葭町と葭町は同じ町ですか?
同じ町ではありません。新葭町と葭町は別の旧町名なので、古地図や町名資料を読むときは区別が必要です。
親父橋と親慈橋は別の橋ですか?
別の橋ではありません。中央区立図書館の資料では、もとは親父橋と書き、明治維新後に親慈橋へ文字を改めたと説明されています。