コンテンツへスキップ

親父橋とは

親父橋とは、かつて日本橋川から分かれた東堀留川に架かっていた橋です。読みは「おやじばし」で、川の埋め立てに伴い現在は残っていません。

庄司甚右衛門の呼び名が橋名に

東堀留川には、南から小網橋、親父橋、万橋が架かっていました。親父橋はその中間にあった橋。古い資料では「親仁橋」や「親慈橋」と書かれることもあります。

橋は元吉原への道を開くため、庄司甚右衛門の尽力で元和3年(1617年)に架けられたとされます。なぜ「親父」という一風変わった名前なのか。甚右衛門が周囲から「おやぢ」と呼ばれていたことにちなむといいます。東堀留川が昭和24年(1949年)に埋め立てられると、橋も撤去されました。

日本橋トピック♪花魁のかんざしを模した橋灯

大正14年(1925年)の架け替えでは、橋灯に花魁のかんざしを思わせる意匠が採り入れられました。元吉原へ通じた橋の記憶を、近代の橋にもつないだデザインといえるでしょう。

親父橋に関するよくある質問

親仁橋・親慈橋は親父橋と別の橋ですか?
別の橋ではありません。いずれも親父橋に使われた古い表記で、資料によって文字が異なります。

あわせて読みたい記事