新大橋々台とは
新大橋々台とは、江戸の日本橋で使われた歴史地名です。読みは「しんおおはしきょうだい」。現在の正式な町名ではありません。
菖蒲町・浜町を経て日本橋浜町へ
中央区立図書館の町名変遷図では、新大橋々台は慶応3年(1867年)の欄に記録されています。明治4年(1871年)6月の菖蒲町、大正12年(1923年)の浜町を経て、現町名の日本橋浜町へ至る系統として示されています。
「新大橋々台」という名から現在の一点を推測するのではなく、菖蒲町から浜町へと続く町名整理の流れを手がかりに読み解くのが大切でしょう。
名称は似ていますが、旧地名の新大橋々台と、隅田川に架かる新大橋、その橋を通る新大橋通りはそれぞれ異なるもの。新大橋は日本橋浜町と江東区側を結ぶ橋です。
日本橋トピック♪武家地と同じ系統に
町名変遷図では、新大橋々台と隣に記された武家地が、明治4年6月の欄で菖蒲町の系統にまとまっています。町地だけでなく武家地も含めて新しい町へ整理されたことが、図から読み取れます。
関連用語
新大橋々台に関するよくある質問
- 新大橋々台は、現在の新大橋そのものの名前ですか?
- いいえ。中央区立図書館の資料は、新大橋々台を慶応3年の地名として掲載しています。現在の橋自体の名前とは区別が必要です。

