日本橋中洲金刀比羅宮とは
日本橋中洲金刀比羅宮とは、東京都中央区日本橋中洲11-1で、隅田川の舟運と地域の商いに結びついてきた金刀比羅宮です。清洲橋のたもとから清洲橋通りを100mほど進んだ場所に鎮座し、「金刀比羅宮」と記す境内の社標が目印です。
正式名称:金刀比羅宮(境内社標での表記)
中洲の埋め立てとともに歩んだ社
境内の記念碑では、明治初年に中洲が埋め立てられた際、船玉琴平宮がまつられたと伝えています。1923年(大正12年)の関東大震災で失われた後、四国の金刀比羅宮から御霊を迎え、中洲の地に神殿が再建されました。
天明3年(1783年)に薬研堀で創建され、1966年(昭和41年)に神田明神境内へ遷座した金刀比羅神社は、日本橋中洲の金刀比羅宮とは別の社。二つの由緒を分けて読む必要があります。
日本橋トピック♪玉垣が伝える中洲の料亭文化
境内を囲む玉垣で目を引くのが、割烹や芸妓組合などの名。社の由緒だけでなく、かつて中洲に料亭が集まり、花街としてにぎわった時代を石に残る名前からたどれる場所です。
関連用語
日本橋中洲金刀比羅宮に関するよくある質問
- 「日本橋中洲」は何と読みますか?
- 「にほんばしなかす」と読みます。「中洲」は中央区の町名で、「なかすちょう」ではありません。
- 日本橋中洲金刀比羅宮の境内にはほかに何がありますか?
- 境内には慈愛地蔵尊もまつられています。社標や玉垣とともに、地域の信仰を伝える存在です。

