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日本橋一丁目遺跡とは

日本橋一丁目遺跡とは、東京都中央区日本橋1丁目4・6番で調査された、近世から近代の町屋遺跡です。江戸時代には「万町」と呼ばれた商業地で、地上の建物だけでは見えない町の構造を伝えています。

町屋の地下に広がっていた設備

町屋の下には何があったのでしょうか。発掘調査は2000年12月から2001年7月まで、1,022平方メートルで行われました。近世初頭から重なる14面を調べ、土蔵や穴蔵、路地、井戸、石組の下水、木製の下水樋などを確認。穴蔵は、地面を掘り下げて設けた貯蔵空間です。

陶磁器や瓦に加え、木製品や繊維製品、動植物の痕跡も出土しました。ただし、ここは発掘面を露出展示する見学施設ではありません。発掘記録から江戸の商業地を読み解く遺跡と考えると分かりやすいでしょう。現在の街づくりを扱う日本橋一丁目東地区第一種市街地再開発事業と読み比べれば、同じ地域を長い時間軸で見られます。

中央区内の発掘成果を広げて見るなら、三浦按針遺跡日本橋人形町三丁目(第二次)遺跡出土陶磁器・土器日本橋蛎殻町一丁目遺跡内播磨国山崎藩本多家屋敷跡125号遺構出土遺物と見比べると、場所ごとに異なる暮らしの跡をたどれるでしょう。

日本橋トピック♪町割は地下の排水にも表れていた

調査では、石組の下水や木製の下水樋が地割に関係するとみられる形で確認されました。町屋が並ぶ地上だけでなく、水を流す地下の設備にも区画の考え方が表れていたのでしょう。

日本橋一丁目遺跡に関するよくある質問

日本橋一丁目遺跡の「万町」とは何ですか?
発掘地点にあった江戸時代の町名です。問屋が集まる商業地で、発掘では町屋の土蔵や穴蔵、路地、排水設備などが確認されました。
日本橋一丁目遺跡は現地で見学できますか?
発掘面を露出展示する見学施設として案内されている場所ではありません。発掘調査報告から、現在の街並みの下に残った町屋の姿を知ることができます。

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