講談発祥記念之碑とは
講談発祥記念之碑とは、伝統話芸の講談(講釈)がこの地で始まったと伝えるために建てられた石碑です。中央区東日本橋にある薬研堀不動院の境内に立ち、江戸の人々が物語に耳を傾けた話芸の歴史を、今に伝えています。
碑に記された「講談のはじまり」
碑文によると、元禄のころ赤松清左衛門という人物が、浅草見附あたりの町辻で『太平記』を語って聞かせ、それが江戸の講釈(講談)の始まりになったとされ、碑にもそう記されています。やがてこの講釈は「太平記講釈場(太平記場)」と呼ばれる場へと育ち、庶民に長く親しまれた話芸でした。道ばたで物語を語る大道芸が、人の集まる名物になっていったわけです。
では、講談はほんとうにこの地で生まれたのでしょうか。始まりの地を一つに定めるのは、じつはなかなか難しいところ。あくまで碑が掲げる由緒として受け止めるのがよいでしょう。それでも、講談という話芸が江戸の盛り場と深く結びついて育った様子は、この碑からたしかに伝わってきます。
いつ、誰が建てた碑か
今の碑が建てられたのは昭和59年(1984年)の秋。薬研堀不動院と講談協会が、弘法大師の一千百五十年御遠忌に合わせて建立しました。お不動さまの縁日でにぎわう境内の一角にあり、参拝のついでに気軽に立ち寄れます。
日本橋トピック♪実は二代目だった、講談の碑
今の碑には、じつは前身があります。江戸の安政年間には、講談のはじまりを記念する「太平記場起原之碑」という碑がすでに建てられていました。ところがこの初代の碑は、関東大震災(大正12年・1923年)で失われてしまいます。それから時を経て、薬研堀不動院と講談協会が改めて建てたのが、今に残る講談発祥記念之碑。話芸を大切に思う人々が、二度にわたって碑に記憶を託したわけです。
関連用語
講談発祥記念之碑に関するよくある質問
- 両国広小路の辻講釈と講談は関係がありますか?
- つながりがあります。近くの両国広小路のにぎわいも、道端で物語を語る辻講釈から始まったと伝わります。講釈・講談はこうした江戸の盛り場で育った話芸です。
- 講談と落語はどう違うのですか?
- 講談は『太平記』など軍記や歴史の物語を、調子をつけて読み聞かせる話芸です。会話の滑稽さで笑わせる落語に対し、講談は物語を語り聞かせる点に特徴があります。
- この碑が言う「講談のはじまり」は確かな事実ですか?
- 碑が掲げる由緒として伝えられているもので、始まりの地を一つに断定するのは難しい面もあります。江戸の講釈とこの地の縁の深さを示す顕彰碑として受け止めるのがよいでしょう。
